罪と功績
「やあやあ、お疲れさまでした。人生、いかがでした?」
私の目の前に、やけに生き生きした姿が見える。
ここは……どこだろう。
「つまんない人生だったよ!あたし邪魔しまくったもん!」
私の横で、腰に手を当てて威張っているのは誰……?
「……ああ、そうでしたか、あなたもお疲れさまでしたね、ではあちらへ。」
「ええー!!ヤダ、こいつが消滅するとこ、見たい!」
威張った女子が、生き生きした誰かに向かって、駄々をこねている。
私を、がっちりと抱きしめて、離れようと、しない。
「……あなたは、行く場所があるんですよ……さあ、あちらへ。」
生き生きとした姿が、二つに割れて、片方が威張った女子を、拘束しようと手をのばした。
「こいつが消えたら生まれ変わるから!早くこいつ消してよ、消えるところ見なきゃ、消えないなら、あたしが消す!!!」
威張った女子が、突如真っ黒い靄になり、辺りに広がった。
靄は、私の周りを囲み、一斉に襲いかかる。
「ああ、残念です。回収ですね。」
ずぉおおおお、ごおおおおおお!!!
どこからともなく渦が現れ、黒い靄を巻き込んだ。
「生まれ変わっても、邪魔してやるぅうううウウウウ!!!」
????????
なにがなんだか、わからない。
「いやあ、お騒がせしました。では話を続けましょう。人生、いかがでした?」
「いかがも何も……思い出せません……。」
まだ中で渦を巻いている、黒いものを見ながら、呟く。
女子だったはずなのに、黒い靄になってしまうとは……。
あれは何?
「あれは感情の滓ですね。あんなこと言ってましたけど生まれ変われないので安心して下さい。」
黒い靄が晴れて、白い空間が広がっている。
「あの、私は何をしてしまったんでしょうか。私、何か恨まれることしたんですか。」
存在を消すことをあそこまで望まれるなんて、相当なことをしたに違いない。
……私こそ、生まれ変わってはいけない存在なんじゃ、ないのかな?
「ああ、完全なる逆恨みです。ご安心ください。」
逆恨みされるような、冷たい態度を、取ってしまったから……?
「私は、庇ってあげたり、出来なかったんでしょうか……?」
孤立する人を、黙って見ていただけだったから、恨まれたのかもしれない。
「庇ったところで、意味のない人ってのはいるもんなんですよ。」
もしかしたら、私の言葉が足りなくて、あんなふうになってしまったのかもしれない。
もしかしたら、私の思いやりが足りなくて、あんなふうになってしまったのかもしれない。
もしかしたら、私が思いっきり庇ってあげたら、あんなふうにはならなかったのかもしれない。
「私、思いっきり、庇ってあげたいって思いました……。」
生き生きした人が、驚いているみたい。
「あなた、正気ですか!あんなに恨みをぶつけられたのに、庇いたい?!あなた余程……うん、なるほど、へえ、うーん……。」
私は、そんなにおかしなことを言っているのかな。
生き生きした人が、腕組みをして考え込んでしまった。
「正気?どうなんだろう?わかりません。」
なんで私はこんなにもぼんやりしているのかなあ……?
「……じゃあ、庇ってみます?簡易人生ですけど、用意します。」
ぐるん、ぐるん。
私の目の前に、渦が現れた。
「ヤーだー!!これ買うのー!!!」
「いいかげんにしなさい!!うちはこんなの買うお金ないの!!お米を買うのよ!」
さっきの女子が、ドレスが欲しくて泣いている。
お母さんは、財布の中に6000円しかない。
5980円のドレスを買ったら、お米が買えなくなるようだ。
「ドレスはずっと着られるもの、ごはんなんか食べなくてもいい!」
……そうだよね、ドレスはずっと着られるもんね。
私はお母さんの心に呼び掛けて、ドレスを買ってあげた。
「わーい!ドレス!」
「なにこれ!へんなふく!」
「キャーなにすんのよ!!えええええーん!!」
買ってもらったドレスを幼稚園に着ていったら、一日で男の子に破かれて泣いてる女の子。
腹が立つのか、別の女の子にあたっている。
クラスメイトの着ている服を破いて憂さ晴らしをしているようだ。
「あんたの服も破ってやる!」
そうだよね、自分の服が破かれたら、ほかの人の服も破っていいって思っちゃうよね。
私は服を破かれた子の心に呼び掛けて、服を破かれたことを許してあげた。
「だって破かれていやだったから破いたんだもん!」
「いやだって思う事を他の子にしちゃダメでしょう?!」
女の子がお母さんに叱られて泣いている。
そうだね、いやなことされたら、なんで私だけって思っちゃうよね。
嫌なことされて嫌だったから、ほかの子にも同じ思いを味わってもらいたくなるもんね?
私はお母さんの心に呼び掛けて、叱ることをやめてあげた。
「なんでみんな私と遊んでくれないの!」
女の子が一人で泣いている。
そうだね、一人ぼっちはつらいよね。
私は女の子の周りの子どもたちの心に呼び掛けて、仲間に入れてあげた。
「うわあ、あんためっちゃブス!あんたもブサイク!」
そうだね、優越感に浸りたい時ってあるよね。
自分より劣ってる子が近くにいたら、安心するもんね?
私は女の子よりも劣っている子たちの心に呼び掛けて、周りに集まってあげた。
「なんでみんな勉強するの!しなくていいじゃん!」
そうだね、周りの子が勉強したら、自分の頭の悪さが目立っちゃうもんね?
頭の悪い子の中で一番でいたい気持ち、わかるよ?
私は勉強嫌いな子の心に呼び掛けて、周りに集まってあげた。
「ねえ、なんでみんな頭の悪いこと言ってんの!もっと気利かせなさいよ!」
そうだね、言葉を知らない、礼儀を知らない頭の悪い人って腹立つもんね?
私は頭の悪い子の心に呼び掛けて、気を利かせてあげた。
「なんでそういうことするの?!」
「なんでこういうことするの?!」
何をしても気に入らなくて怒鳴り散らすようになった女の子が気の毒でたまらない。
そうだね、こうなったら、誰もいない方がいいよね。
私は女の子の周りにいる人たちの心に呼び掛けて、縁を切った。
良かった、女の子、毎日一人で楽しそう。
ストレスのない人間関係って、一人でいる事なんだって気付けたみたい。
人付き合いしない毎日は、とても気楽みたいでよかった。
毎日代わり映えしない、穏やかな日常を過ごせていてよかった。
何年も何年も、穏やかに一人で過ごせてよかったと思ってたんだけど。
「なんで私こんなつまんない仕事しなくちゃなんないの?!」
そうだね、仕事ってつまんないよね。
二十年も同じこと繰り返してたら、飽きちゃうよね。
私は女の子に金運を呼び込んで大金を持たせた。
「ふふ、私、幸せ―!!!」
「俺もちょー幸せ―!」
仕事をやめて、あちこちでお酒を飲むのが楽しいみたい。
生き甲斐ができたんだね、おめでとう。
仲良くなった男の子がたくさんいるね、毎日充実していて良かった。
女の子が幸せになってよかった。
ステキな彼に抱きしめられて、とっても嬉しそう。
ステキな彼に抱きしめられて、とっても苦しそう。
ステキな彼に埋められて、とっても悔しそう。
あ、女の子がステキな彼に憑りついた。
「はい、終了です。」
私の目の前には、生きのいい人。
「どうでした?」
「うまくいきませんでした。」
女の子は殺されてしまった。
殺されない道筋、あったんだろうか……。
「この人はですね、厳しくした場合、周りに厳しく当たるようになって害をまき散らします。優しくした場合、図に乗って我儘し放題になって害をまき散らします。向き合って話し合いをした場合、おかしな持論を展開して害をまき散らします。放置した場合、周りを憎んでなりふり構わず害をまき散らします。どうにもならない存在なんですよね。」
そんな存在が?
生きる意味がないように感じるんだけど、そういうものなのかなあ?
「ごく普通に生きる人間に紛れて、どうしようもない人生を生きる……魂のなり損ないみたいなのがいるんですね。そういうのがいないと、ごく普通の人というのは学べないと言いますか。身近におかしな人がいると、より学べるようになると言いますか。」
ごく普通の人生を生きているだけじゃ、意味がないってことなのかなあ……?
「人は学ばないといけないので、ああいう存在も必要ではあるんですけどね。……あなた、今、学べました?」
「……かばいすぎて、つまらない人生になってしまったみたい?」
悪い事を、悪いと気づかせるまで、根気よく向き合っていたら、違う道筋ができたのかもしれない。
でも、どうにもならない存在として生まれているのであれば、助かる道筋はなかったのかもしれない。
結局、魂自体の出来が悪いと、何をしてもダメってこと?
「命の終わりをみて、いかがでしたか?」
「なんか、あっという間でした。なんだろう、山も谷もない、平坦でいきなり道が途切れたような。」
そうか、これがどうにもならない存在の末路って事なのかも?
盛り上がりの無い、つまらない中で、小さなことに感情を爆発させて、最後はあっけなく終わるしかない、存在。
「何とか、普通の人の生き方に、持って行きたかったって、思いました……。」
いくらなんでも、取り憑いて終わりって、かわいそうだと思うんだけどな。
……ちょっと待って。
……あの、女の子は。
……私に、取り憑いていたんだよね?
「あなたは事故に巻き込まれた、ただそれだけです。」
……私、何ですべてを忘れてしまったんだろう。
「長年、贖罪の心を持ち続けたあなたは、学びも多くて実に良い魂の輝きを得たのです。」
……私、学んだことを覚えていないのに。
「あなたが埋めてくれたおかげで、39人が人生を狂わされずに済んだんです。偉大なる功績ですよ、あなたは誇っていい。」
……私、やっぱり、生まれ変わっちゃいけないような、存在なんじゃない?
「あの、私、本当に、生まれていいんですか。」
「ええ。」
ぐるん、ぐるん。
世界が、回る。
「でも、私は……!」
「今度は、どうでもいい存在に干渉されない人生を生きるといいと思いますよ。」
ぐるん、ぐるん。
世界が、回って。
「あなたの人生を、あなたが生きてくださいね?」
ぐるん、ぐるん。
世界が、わたしを。
迎えに、来た……。