第1話 幼馴染を拾う
新連載です。
よろしくお願いします。
大晦日のバイトが終わって家に帰る途中、女の子に声を掛けられた。
声の主は幼馴染の神奈川美也。
幼馴染だけど5軒先という微妙な距離感のせいか、まともに声を掛けられたのは小学校3年生以来だ。
幼稚園の頃は結婚を互いに約束しあうよくある幼馴染な仲だった。
小学校1~2年の頃までは毎日のように一緒に遊んでたんだけど、3年でクラスが別になった途端に疎遠になって以来同じクラスになることはなく僕らの仲はそれっきりにだったりする。
「まーくん、寒い」
なぜか美也は彼女の家の玄関前に座り込んで僕に縋るような眼で見つめてくる。
寒いのか子猫のように背を丸めて縮こまってスマホを持ちながら震えていた。
「そんなとこでなにやってるんだよ?」
「親が実家に帰っているのに、鍵忘れちゃって……」
それで寒そうなとこで座り込んでいたのか。
「おまけに友達にメッセ送っても彼氏と一緒なのか誰も出てくれないの」
この寒空の中で災難だったな。
まあ、なんだ。
疎遠になっているものの、見ちゃった以上は見て見ぬ振りも出来ないしな。
「うちに来るか? 僕の親も里帰りしてて碌な食い物を出せないと思うけど、そんなとこにいるよりかはマシだと思うぞ」
「ありがとう。まーくんならそう言ってくれると思ったよ」
僕の家に入ると「うー、さぶさぶ、お風呂お風呂♪」と言って勝手にシャワーを浴びに行った。
全く遠慮や物怖じしないのが美也らしいって言えば美也らしい。
その間に僕は簡単な料理を作る。
まあ、作るといっても大晦日なので具がネギだけのなんちゃって年越しそばなんだけどね。
そばが茹で上がった頃に美也がお風呂から出て来たんだけど、僕が今朝脱いだパジャマを着ていた。
勝手に他所の家の脱衣かごを漁るなよ。
「おいしそう」と物欲しそうに見る美也。
「美也の分もあるから安心しろよ」
「ありがと。まーくんならそう言ってくれると思ったよ」
美也は大きくてダボついた僕のパジャマの裾をぎゅっと結ぶ。
なんか、そのしぐさが手慣れた感じで彼氏の存在を臭わせた。
あえて僕は聞いてみる。
「彼氏いるの?」
「へ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔でキョトンとする。
言葉足らずだったと反省した僕はもう少し詳しく説明した。
「いや、男物のパジャマを着なれてる感じがしてね」
「あー、ごめん。うちのパジャマじゃないのに裾を結んじゃってた」
慌てて結び目を解く美也。
「洗濯に出し忘れて、パパや弟のパジャマをよく着てるからね。ごはんごはんー♪」
僕の手からそばを受け取るとツルツルっとおいしそうに食べる。
「いやー、あったまるねー、染みるねー」
おっさんぽいセリフをつぶやく美也。
僕の記憶の中の子供の頃の美也がそのまま大きくなった感じで、性格も仕草も全く変わってない。
美也らしいって言えば美也らしいんだけど。
でも、身体の方は出るところは出ていてすっかり大人だ。
性格が明るいし、きっとモテるんだろうなー。
それにしても、こんな寒空で彼女が凍えていたのに彼氏は助けに来てくれなかったのか?
酷いもんだな。
いや待てよ。
彼氏が居ないから迎えに来なかった。
そう考えてもいいんだよな?
僕は美也に彼氏がいるか探りを入れてみた。
「彼氏にメッセしなかったのか?」
「なんかさっきから、私の男関係を何度も探ってきてるけど、もしかして私に興味があるの? ねえ? あるんでしょ? こんなにかわいくて美人だもんね!」
美也の男友達の有無というか美也自体に思いっきり興味はあるけど、顔には出さない。
出したら負けと思う。
なにに負けるのかは謎だ。
「いやさ、こんな寒空に彼女を放っておいて迎えにも来ないのはどうかと思ってね」
「やっぱり、私のことを気になってるんだね。うんうん」
そばの汁を飲み干して「ぷはー!」っと満足げな声を上げた美也は「彼氏かー、もちろんいるよ」と僕のハートをグサリと突き刺すきつい言葉を投げかけてきた。
そして美也は続けた。
「彼氏はまーくんだよ」
「へ?」
今度は僕が豆鉄砲を食らった。
「どういうこと?」
「だって約束したよね? 結婚するって……幼稚園の時の約束覚えてない?」
「覚えてるけど、あれって子供同士の約束だよな?」
「子供なら約束破ってもいいの?」
「いや、良くはないけど」
「ずーっと待ってたんだよ」
「いや、でも、3年生で口をきかなくなって僕らの仲なんてとっくに終わってたよな?」
「何言ってるの? 口を利かなくなった理由を覚えてないの?」
どういうことだ?
「覚えてないのね……これだから男は……」
美也は僕をソファーの上に押し倒すと、僕に馬乗りになって肩を押さえつける。
「あのね、幼稚園の時に結婚の約束したのは覚えてるよね?」
絶対に否定は許さないという強い意思が見えて取れる。
僕は頷くしかなかった。
「それでさ、3年になってクラスが別々になった時のこと覚えてる? クラスが別になってもずっと一緒に遊ぶって約束したよね?」
確かそんな約束をした記憶がある。
でも、なんで美也はそれから話してくれなくなったんだ?
「浮気も絶対にしないと約束したよね? それなのに、なんであんたのクラスの女の子と仲良くなってるのよ! なんで私との約束を破るのよ!」
美也はボロボロと涙を流し始める。
僕の頬を濡らした。
「私悪くないんだから、マー君から謝ってくれるまで絶対口を利かないって決めたの!」
そうだったのか……。
僕が悪かったんじゃないか。
僕が原因だったんじゃないか。
美也は心の堰に穴が開いたかのように感情をむき出しにした。
「ずっと、ずっと、謝ってくれるの待ってたんだから……うっく……」
「ごめん」
僕は美也をヒシっと抱きしめた。
美也の身体の震えと悲しみが僕に伝わってくる。
僕はその震えを抑えるように一層強く抱きしめる。
「ごめん、僕が悪かった」
すると、美也の力が抜けて、僕に抱き着いてきた。
「許す!」
「へ?」
「謝ってくれたから許す」
許すの早!
まあ、悲しいことを引きずらないのが美也のいいとこなんだけど。
すぐに震えが止まりいつもの明るい美也に戻ったかと思うと、僕に唇を重ねてきた。
僕らは長いブランクを埋めあうかのように互いの唇を貪りあう。
「今日からマーくんはまた幼馴染だからね」
「結婚を約束してる幼馴染な」
「うん!」
最高の笑顔を見せた美也。
こうして僕らのわだかまりは打ち解け、10年来の仲へと戻ったのだった。
きっと今年はいい年になる。
年を越して除夜の鐘が鳴り始めた中、僕らの恋も始まりを迎えた。