誕生日
ロベールの誕生日から遅れること半年。マルセルはようやく14歳の誕生日を迎えた。しかし屋敷でそれを祝ってくれるような相手はもう誰もいない。マルセルの母親は既に亡くなっており、誕生日といってもただ国王から義務的に送られてくる贈り物と、夕食でひっそりと出される祝いのケーキだけがいつもと違う日だということを知らせるだけだった。
あとは気が向いたらロベールが誕生日の贈り物を覗きに現れるくらいだ。
「本当に誕生日には馬が欲しいと伝えたんだよな?」
「伝えたさ。まぁもともと期待はしてなかった。」
「それにしても…息子への誕生日の贈り物が宝石だなんて……。しかもこんな立派な宝石なら処分して他のものを買う訳にもいかないし…。」
ロベールはマルセルが誕生日に贈られたという宝石を呆れたように眺めると大袈裟に肩を竦めた。
「宝石なんて何の役にもたたないのにな。」
「……父上の考えそうな事だ。」
「でもまぁ誕生日を覚えててくれただけでも……。」
「どうせ役人から報告があったから適当に指示を出しただけさ。まぁそんな事を言ってもしょうがない……それにもしかしたらそのうちこの宝石にも出番が来ることがあるかもしれない。」
「マルセル……。」
ロベールは申し訳なさそうに幼馴染の顔を見るとため息をついた。
「公爵家の二男なんて名ばかりで何もいいことはないと思ってた。兄上ばかり贔屓されて狡いと。でもお前を見てるとなんて言うか……。」
「自分の方がマシだとでも言いたいのか?」
「いや、まぁそれもあるけど。王家って公爵家なんかよりも断然面倒なことばかりなんだな。」
マルセルはロベールから目をそらすと目にかかる自分の長い銀髪を人差し指でクルクルと巻いた。
「母上がトロメリン出身ならばここまで面倒な事にはならなかったかもしれないがな。」
「……あとはお前のその見た目だよな。俺みたいによくある顔ならすぐにでもここから逃げ出せたのにさ。お前は目立ち過ぎでそれも出来ないもんな。」
マルセルはそれだって自分が母親に似たせいだと言おうとして止めた。これ以上母親を責めてもどうしようもない。
母親はマルセルと同じで色が白く銀色の長い髪に薄紫色の瞳の、どこか儚げな雰囲気を漂わせた美しい人だった。先日何者かによって盛られた毒で亡くなってしまうまではずっとマルセルと二人この地で暮らして来た。母一人子一人なのだからさぞ仲良く寄り添って……と普通は思うところだが、マリエは決してマルセルに心の内を打ち明けるようなことは無かった。
そもそもマリエがどこまでザール語を理解できていたのかも分からない。傍付きの侍女がマリエの全てを理解したかのように手足となって働いてはいたが、マリエが何か意思を示したり指示を出すことは稀だった。
マルセルに対しても常ににこやかではあったがどこか他人行儀な部分があったように思う。
「まぁ弟が正式に王太子の儀を受けるまで後少しだ。そうしたら私もここから解放してもらえるかもしれない。」
「マルセルお前…。もしかして今までそれを待ってたのか?」
マルセルは驚くロベールを意外そうに見ながら頷いた。
「あぁ。トロメリンから逃げ出す最後のチャンスだからな。王太子の儀が終わっても私がまだ生きているのならば…だが。」
「それは……」
「王宮から命を狙われていたのは母だけではない。どちらかと言えば邪魔なのは私の方だろう?」
「でも先日の毒は王都から届いた祝いの品に仕込まれていたと聞いたぞ?お前でなくマリエ様を直接狙っての事だろ?」
「菓子ではなく茶に仕込まれていたらしいからな。一緒に飲んでいれば私だって…。」
ロベールは立ち上がると大きく伸びをした。
「じゃあしばらく水を飲めということだな!さぁ、腹が減った。何か食べに行くぞ!」
「食べに行く?」
「……部屋でぐずぐずしていても面白くないから庭に食事を準備させた。来いよ!」
「庭?」
「お前今日誕生日だろ?しょうがないから俺が一緒に祝ってやるよ。」
マルセルは手元にあった宝石を片付けるよう言い残すと、ロベールと共にテラスから庭園へと向かうことにした。
初夏の日差しを受けてキラキラ輝く噴水に満開のライラックの淡い紫が目に眩しく映る。テーブルの見える場所にはいつものようにポールと数人の騎士が控えていた。
ロベールがエスコートするようにおどけて差し出した腕を強く叩くと、マルセルはテーブルに用意された食事に目を向けた。一陣の風がライラックの甘い香りを運んで来る。マリエの好きだった花だ。
「庭園で食事をとるなんて、そういえば随分したことがなかったな。」
「世のご令嬢たちは庭園で優雅に茶を飲むそうだぞ?」
「茶会など縁がないからな。」
「それが正解だよ。お前が茶会に出て見ろ?女の子たちは全員舞い上がって俺なんて相手にもされないさ。」
「ならばここでおとなしく水でも飲んでおくよ。」
マルセルが手元にあるグラスを軽く上げると、ロベールもそれにならってグラスを上げた。
「誕生日おめでとう、マルセル。」