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騒動

 広い神殿内を白い神官服姿の者たちが慌ただしく駆けまわっている。

 普段は厳かな雰囲気の神殿内だが『代替わりの儀 』当日の朝、その様子が一変した。


「神官長、やはりどこにも見当たりません!」

「そうか……それでポールは?」

「先程まで一緒でしたが…何か?」

「昨夜のマリエ様の部屋の見張りはポールに任せたはずだ、話を聞きたい。ここへすぐに連れて参れ。」

「はい、ただいま。」


 神官長は執務室を出て行く神官の背中を見送ると、無意識に長い髭を撫でながらため息をついた。



 聖女の代替わりの儀は20年置きに神殿で執り行われる重要な儀式だった。この儀式では二人居る聖女のうちのどちらかの元を王宮から王族の血縁の者が訪れ、次代の聖女を授かる儀式だ。

 今回の儀式は年若い王弟が執り行うとの通達が既に来ており、二人いる聖女のうちの一人、マリエがその相手に指名されていた。

 マリエは銀髪に薄紫色の瞳をした光り輝くような美しい姿をしており、神殿参拝者の間でも非常に評判が高かった。聖女の主な役割である国を加護する祈りの力も申し分なく、穏やかな性格で神官からの信頼も厚い。


 周りの者からしてみればマリエは代替わりの儀の大役を務めるにふさわしい聖女と言う訳だが、マリエ本人は王弟直々の指名に困惑していた。

 もちろん、神官長もマリエが困惑するその訳を知っている一人だ。


 代替わりの儀とは即ち王族の子どもを身篭る儀式だ。聖女は代替わりの儀式よりも前に男女の契りを交わしてしまうと、その時点で祈りの能力──聖女の力を失ってしまう。

 しかし契りを交わすまでは行かなくとも、聖女が傍に仕える神官や騎士に思いを寄せることは良くある事だった。

 マリエもその一人。聖女の傍に控える神殿騎士のポールに思いを寄せている事は見る者が見ればすぐに分かる事だった。



 神官長は登り始めた朝日を眩しく見上げながら一人呟いた。


「昨夜のうちにマリエ様の聖女の力が失われるものだとばかり思っていたのだが…。まだ守護の力は残っている。ポールは一体何をしていたんだ……」


 神官長は黒髪黒目のヒョロっと背の高い騎士の姿を思い描いた。

 わざわざ代替わりの儀前夜の聖女様の警護を担当させたのだ。その意味が分からない男ではないはずだった。

 早ければ夜の内、もしくは早朝にでも聖女の力が失われたと報告が入れば、儀式をもう一人の聖女に任せるだけの事だった。そしてマリエは念願だったポールの妻になる──。

 しかし神官長の思い描いていた通りに事は進まなかった。夜が明けきらぬうちに神官長の元に届いたのは聖女の力が失われたとの報告ではなく、聖女が姿を消したとの知らせだった。そこから今まで、神殿内外を総動員で探し回っているがマリエの姿はまだ見つかっていない。



 部屋のドアを軽くノックすると黒髪黒目の神殿騎士が部屋に入ってきた。


「失礼します。」

「ポール、マリエ様はまだ見つからないそうだな?」 

「はい。ユゼ様に儀式の準備をお願いしてきますか?」

「陛下とユゼ様にはもう知らせを送った。儀式は予定通り行われるそうだ。それよりもポール、私はお前の話を聞きたい。」


 ポールは伏せていた顔を上げると真っ直ぐに神官長を見上げた。


「何か?」

「何か、ではない!マリエ様と一体何があった?昨夜お前は……どうしてマリエ様を自分のものにしなかった?」


 ポールは掴みかからんばかりの神官長の勢いに押され、一瞬答えを迷ったがすぐに思い直して首を横に振った。


「誤解だなどと言わせないぞ?マリエ様の宿直をお前に託した私の思いは伝わらなかったか?」

「いえ……。それは分かっております。マリエ様とはじっくりとお話をする時間が持てました。その上で、マリエ様が決断されたのです。」

「決断…?」


 その時、神官長の耳に何かが弾けるような高い音が聞こえた。


「まさか……。この音は……」


 鼓膜に残るその音に神官長は顔を蒼くするとポールの襟元を掴んだ。


「マリエ様は禁忌の扉を越えられたのか?ばかな、転移の方陣に力を送り込んだらその先は…」

「全て承知の上です。マリエ様はこの国から出て行かれました。もう誰にもその行先は掴めません。」

「マリエ様が転移で力を使い切って国を出れば、もはや聖女ではなくただの人だ──。」

「はい…。」


 ポールは神官長の前に跪くと頭を垂れた。


「申し訳ございません。私にはマリエ様をステーリアに留めるだけの力が有りませんでした。」


 神官長ははっとポールを見下ろすと片膝をついてその肩に手を置き、乱暴に揺すった。


「まさか…お前はどこに飛ばされたのかも分からないマリエ様を追いかけて行くつもりか?」

「はい……。どれだけ時間が掛かろうとも必ず探し出します。」

「愚かな事よ。昨夜夫婦になっておればこの様な面倒なことにはならなかったものを。」

「……マリエ様は全てを投げ出してユゼ様に委ねるのだから自分はもうこの国には居られないのだと…この国に居ては幸せにはなれないのだと断言されました。」

「それは……」


 神官長はポールの肩を掴んでいた手を離し胸元で両手を組むと、目を閉じ小さく祝福の言葉を呟いた。


「──分かった。マリエ様の事はお前に託す。必ず探し出して差し上げろ、よいな?」


 ポールは跪いたまま神官長の言葉に頷くと、拳をぎゅっと握り締めた。

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