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恋愛短編シリーズ

結婚を賭け、真剣で決闘を挑んでくる婚約者。口論になりつつ自傷して凶器の怖さを思い知らせる俺。結果、泣きながら後悔して謝る彼女。

作者: 鳳仙花

短編ですけどかなり長めですのでご注意ください。

 いま、正式な決闘とやらに付き合わされている真っ最中。

 これに勝てば俺は彼女……お姫様と結婚できるらしい。


 花の咲き乱れる中、彼女は言う。


「前にも言いましたね。我がグライン公国では伝統ある言葉がある。『正しき剣には正しき力が宿る』。それをあなたに見せてもらいたい」


 それに対する俺の答えはこうだ。


「こんなのやめとこうよ。最初に言った通り、もっと別の勝負にしない? こんな、真剣でなんて」


「今さら怖じ気づいたのですか?」


「そうじゃなくてさ。今度は真面目に答えるよ。剣や力に『正しい』って──騎士道とかいうやつ? 騎士道は否定しないけど、それは詭弁きべんだね。どう言い繕っても決闘の剣なんて本来の目的は殺人じゃないか」


「わ、我が国の伝統を、騎士道を愚弄しないでくださいッッ!!」


 激昂する彼女。

 愚弄してない、君がはき違えてるだけだ。

 どうしても聞く耳を持たないというのなら仕方がない。

 俺が我が身をもって教えてあげよう。


 このあと、俺と彼女との、細剣を用いた真剣勝負が始まる。



 ◯



 俺の実家は瑞穂みずほ国で定食屋を営んでいる。

 現在は母子家庭、母との二人暮らしだ。

 バイトさんも雇ってはいるが人手は足らないので、大体学校が終わるとお店を毎日手伝っている。


 朝、琥珀こはくという幼馴染みの女の子と朝食を食べて一緒に登校。

 学校に行けば友人もいる。

 人からは大変だと言われるが、それなりに充実した生活だと思う。


「しっかし大志たいしも偉いよなー。勤労少年というか。もっと遊びたいとかないの?」


 大志、俺の名前だ。

 発言したのは友人の一樹かずき


「遊びたい……はないかなあ。家の手伝いも趣味みたいなもんだよ。高級レストランみたいに格式の高いところじゃないけど、常連のお客さんとの会話も楽しいし、何より美味しいって言ってもらえると嬉しいもんだよ。そういう意味では逆に恵まれてるって感じかなぁ。趣味と実益を兼ねてみたいな」


「うへー。俺もバイトやってっけどさ、シフトシフトってなるとウンザリするよ。やっぱ偉いよお前……」


 と、そこで幼馴染みの琥珀が会話に入ってきた。

 現在は学校の昼休みだ。


「あ、大志、今日もお弁当なんだ。自分で作ってるのもあるんだよね? 少し私とオカズ交換しない?」


「いいよー。俺好き嫌いないし、トレードのレートは任せるから適当につまんで」


「やったっ」


 実にほのぼのとしている。

 こんな毎日が続いていくんだろうなー。

 卒業しても就職先が決まってるようなもんだし。


 ……と、この時は思った。

 授業が終わり、帰った時に問題が起こったのである。


「大志……ちょっと相談事……というか、申し訳ない報告があるんだけど」


 帰るなり、家の母である小夜子さよこに言われた。


「報告……? まさか! お店が潰れるとか!?」


 だとしたら最悪だ!

 ネガティブな想像がグルグルと頭を駆け巡る。


「あ、違う違う。そういうのじゃないの。どう説明したらいいのかなあ」


「今日は定休日だしゆっくりでいいよ」


「ありがと。あなたのお父さんって覚えてる?」


「うーん……小さい頃の記憶だからおぼろげだけど、それが?」


「ここからなんだけどね、お父さんって実はサレナ王国の王族だったの。王太子でこそなかったけど」


 それを聞いて俺は飲み物を吹き出しそうになった。


「初耳なんだけど!? え、俺って王族の落胤? どう考えても場違い……じゃなくて! なんでそんな家族が定食屋をやってるんだよ! いや定食屋を否定したいんじゃなくて純粋な疑問だからね!」


 そもそも自分に王家の末裔の血が……容姿から性格まで、笑えてくるくらいソレらしさがないんだけど。


 だって、サレナ王国(?)って名前からするに、俺の黒髪黒目と釣り合わなそうだし。


 いや、そこは母さんが純粋な瑞穂人だからそうでもないのか……?


「それで、問題の部分なんだけどね」


「あ、話続くんだ」


「だから相談事って言ったじゃない」


 脳内で報告のみ処理してたよ。


「まさか俺に王家を継げとかじゃないよね? 無理無理」


「さすがにそこまで無茶は言わないわよ……ところで、なんで私たちが定食屋をやってるかとか気にならないの?」


「特には。母さん一般人っぽいし駆け落ちして、とかそんな話じゃないの? 陳腐ちんぷな展開だけどさ」


 最初こそ戸惑って疑問を発したけど、この環境や両親のことを考えるとすぐに納得したのだった。


「陳腐な展開で悪かったわね……。ぐぬぬ、でも当たってるだけに言い返せない」


 マジで当たってんのかよ。


「それで王家が関係ないってんなら想像つかないんだけど。なんなの?」


「うん、単刀直入に言うね。あなたには許嫁がいます」


「へー。店の回転を上げてくれる素敵な女性だったらいいな」


「え、なんで全く動じてないの? 我が子ながら本当におかしな子ね……」


 実の子におかしいってディスる事こそおかしくない?


「いやまあ驚いてはいるよ。でも、インパクトで言うなら王族がどうこうの方が上だっただけ」


「そう……? で、その許嫁の子なんだけど、お父さんとその子のお父さんが親友でね。サレナ王国から昔、分家したグライン公国って国の二番目のお姫様」


「うわなにそれ面倒臭そう。それキャンセルできないの? 定食屋無理じゃん」


「動じないのはもういいわよ。大志って基準が定食屋しかないの? 店主としては嬉しいんだけど、苦労かけてるようでちょっと複雑というか」


「それ昼にも聞かれたけど、趣味と実益を兼ねてるから全然負担でもないよ。それより、問題ってそのお姫様のこと?」


「そうなの。モニカ姫っていうんだけどね、明後日にはここに来るみたい」


「ここって家に? そんなお姫様をもてなせるような場所じゃないよね。悪く言うわけじゃないけど、ロイヤルな雰囲気ではないし」


「どうなのかな……? いきなり連絡と経緯の説明をされて、明後日そちらに行くとしか」


「てことは母さんが知ったのもつい最近?」


「というか、今し方。最初は詐欺かと思ったんだけど、お父さんの事とか王国関係者じゃないと知り得ない事まで言ってきたから本物っぽいわよ。お父さんも生前そんなこと言ってたけど、私その時は冗談と思ってたんだよね」


 父さんが王族なわけでしょ?

 その時点で冗談って流せる話題ではないと思うけど。


「ええと、要はそれの対応なんだろうけど……どうしようもできなくない? 俺、グライン公国なんて初めて知ったしノーブルの対応なんて出来ないよ」


「私もそう言ったんだけどねえ……。なんでも、『我が国は約束を何よりも重んじる。出迎えの格式などにはこだわらないゆえ、案ずることなく待つがいい』って」


「それ……もう成るようにしか成らないんじゃない? なんかドラマみたいだね。一般庶民が実は王族の落胤。そしてお姫様の許嫁がおりましたとさ」


「いやそうなんだけど。大志ってなんでそんなに図太いの……?」


「さあ、王族だからじゃない?」


「妙な説得力もたせないでくれる?」


 というか我が親なら息子の性格くらい把握しておいてよ。


 そして、あっという間にその当日になったのであった。


 ◯


 今日は土曜日かつ祭日。

 学校はお休みである。


「やばいよ母さん、なんか高級車っぽいのが来たと思ったらレッドカーペットが! あれ大丈夫なの? お店の常連さんが来なくなったりしない? 俺、札束で叩かれちゃうのかな!」


「間違いなくお姫様だろうけど、大志のその心配はなに。常連さんには事情言ってあるし、札束でってどっから出てきたの。まあ、常連さんは冗談って思ってるかも知れないけど」


「うわっ! とか言ってる間に近づいてきてる! あの黒い服の人達ってSPってやつ!?」


「なんだろう、普通に驚いてるんだろうけど、もっとこう震えるとかビビるってないの? 大志の肝の据わり方って誰譲りなのかしら……」


「まあ王の血族だし」


「それ、妙に説得力あるから止めてってば。口癖にしないでよ?」


「おお、真ん中を歩いてるすごく綺麗な子がそうなのかな。俺、大丈夫? 横に並んだときに、けなされたりしない?」


「まるで月とすっぽんね、とか?」


「ううん。汚物とシルクねって」


「母さんツッコまないからね?」


「言ってる間に来ちゃったよ!!」


 中心を歩く子はロングの金髪に鳶色の目。

 傍にはキツい目つきをしたスーツのお姉さんがいる。

 おそらく秘書とか従者とかそんなの?

 それから黒服の人達。

 ああいう人って給料良さそう。


「あなたが大志どのですか?」


「あ、はい。あ、あの」


「そう緊張しなくてもいいわ。ゆっくりでいいから聞きたいことを言ってください」


「それじゃ遠慮なく。後ででいいんですけど、そこの黒服の人とお話してもいいですか?」


「は?」


「いえ、だから黒服の人と」


「いえ、それは理解できるのだけど……なぜ?」


「なぜって……どういう人生歩んできたのかな、とか。福利厚生もバッチリなのかな、とか。あと、どういう気持ちでこの仕事してるのかなって」


「……あなた、かなり変わってるって言われない?」


「言われませんよ」


「そ、そう? って、横道に逸れるところだったわ。今日は、あなたが私の婚約者に相応しいか試しにきたんです!!」


「試しに……勝負とか? あ、敬語使った方がいいですよね」


「普通の口調でけっこうよ。しかし話が早いわね……市井に降りているとはいえ、さすがはサレナの王族」


「どうも。しかし勝負か……そっちは将棋って初めてだろうし、二枚落ちくらいかな?」


「?? ショーギ?」


「姫、この国でいうところのチェスみたいなものです。二枚落ちというのは駒を少なくするハンデですね」


「いや、なんで盤上遊戯で勝負することになってるのよ! しかもハンデって、あなた得意ってことじゃない!!」


「でも俺、チェスはよく知らないですし。さすがにオセロで結婚とか情けなくないですか?」


「なぜあなたは盤面遊戯の勝負しか頭にないの……?」


「だって、料理勝負だったら俺の家って定食屋だし有利すぎかなって。君、料理なんてやる立場じゃなさそうだし」


「いやだから。なんであなたの得意勝負ばっかりなのよ。勝負方法は決まってます。グライン公国の王族に伝統的に伝わる方法。剣を使った決闘です」


「得意勝負ってどの口が言うんですかね。俺、剣道とかやってないから無理ですって。もう公平にトランプとかにしましょうよ」


「ダメです。我が国の伝統にのっとってもらいます」


「俺に勝ち目なくないですか。それ、木刀か竹刀での勝負?」


「なに言ってるの? もちろん真剣だけど」


「婚約が気に入らないから決闘にかこつけて抹殺するつもりかな?」


「そんなはずないでしょう! 我が国の騎士道を侮辱しないでください!」


「騎士なら公平にやりましょうよ。そんな弱い者イジメをする人に騎士道を説かれても」


「まあ……私が有利なのはいなめないでしょう。ですから、あなたに特訓する期間を設けます」


「おお、意外に懐が広い! 十年くらいですか」


「なんでそんなに待たないといけないの! 一週間です」


「……チッ! みみっちいな」


「聞こえてますからね? といいますか、いきなり態度が悪くなりましたね! 我が国には創始者の偉大な言葉が代々伝わっています『正しき剣には正しき力が宿る』あなたが正しければ、その剣には力が宿るはずです」


「それ何て言うか知ってます? 根性論っていうんですよ」


「もう! ああ言えばこう言いますね! とにかく、猶予を設けただけでも感謝して欲しいくらいです!」


「ちなみに、君って俺との結婚は反対じゃないの?」


「モニカでけっこうですよ。反対も賛成もありません。ただ、この国の人間が私に勝つことは出来ないと思ってはいます。これでも国での上位実力者なので」


「……結婚する気サラサラ皆無じゃん。しかも、他国に対して暴言吐いてるし」


「上から目線なのは詫びますが、事実です。さあ、一週間差し上げますからあなたの正しき力を見せてください!」


 それだけ言って彼女は有無を言わさず帰った。

『勝負用』だとかいう一本の細剣を置いて。


「……母さん、これ拒否しよう」


「そうね、さすがに母さんもこんな勝負は認められないわ。大志が怪我しても嫌だし」


「いや、あの子が嫁に来てもお店やれなそうだから」


「大志、もっとこう別に言うことがあるんじゃない? 真剣怖いとか理不尽だとか。その発言を外でされちゃうと母さん大志を虐待してるみたく思われそうなんだけど」


「しかし特訓か……母さん、誰か教えてくれそうな当てはない? さすがに独学じゃ無理だよねこれ。そもそも勝つの自体無理って話だけど」


「サラッと母さんの言葉を流したわね。特訓……あ、お父さんの知り合いの騎士の方がこの街にいらっしゃるわ。お年を召してるけど、かなり強かったみたい。その人に会いに行ってみたら?」


 そのアドバイスを元に、俺は父さんの知人とかいう元騎士の方に会いに行った。


 ◯


「ふん……あやつの息子か。剣を教わりたい? 教えてやってもいいが、基礎の身体作りからじゃぞ」


「それがですね、グライン公国のお姫様から結婚の決闘を仕掛けられてまして。俺としては十年ほしかったんですが、一週間しかくれませんでした。お姫様のクセにみみっちいですよね。俺、思わず舌打ちしちゃいましたよ」


「お主……言い分は確かに正しいが容赦ない物言いじゃな。一週間? グライン公国のどの姫じゃ?」


「モニカさんって人なんですけど」


「あの正義感の強いじゃじゃ馬か……あいつの言いそうな事じゃ。どうせ、国の格言の『正しき剣』だとか言っておったんじゃないか?」


「まさにその通りです」


「ふん……その言葉、お主はどう思う。本当に『正しき剣に正しき力が宿る』と思うか?」


 ……教えを乞うんだ、ここは素直な気持ちを打ち明けよう。


「いえ全く。それどころか正反対の意見です」


「ん? 正反対?」


「ええ。剣にも力にも正しいも正しくないもありません。しかも決闘に用いるんですよね。ただの凶器と暴力じゃないですか。創始者の言葉だか、それらしく言ってますが、とんだ偽善者ですよ。むしろ俺はその言葉、別の解釈をしますね」


「……お主、その言葉は誰かに教わったのか?」


「いえ、ただの感想ですけど」


「ほほっ! 気に入ったわ! お主は本質というのがよく見えておる! 一週間か。ちとワシとこの木刀で立ち会ってみい? なに、ワシからは攻撃を当てぬ」


「あ、稽古を付けてくれる感じですか。それに、俺の資質を見てもらえると。ありがとうございます」


 俺はその言葉とともに、真っ直ぐ、丁寧に頭を下げた。


「……礼儀も正しいな。ますます気に入った。勝てるとか負けるとかではない、お主、人徳が備わっておるの。できればあのクソ小生意気な小娘に思い知らせてやりたいんじゃがな……まあいい、とりあえずかかってくるといい」


「はい!! よろしくお願いします!!」


 それから、元騎士ことカルロさんとしばらく打ち合ったのだった。

 とはいってもカルロさんは寸止めで約束通り攻撃を当ててこなかったが。


 それから小一時間ほどたった。


「ハァ、ハァ。やっぱりというべきか、無理めですね」


「……いや、そんなことはない。万に一つがある」


「万に一つ?」


「お主、気づいておらんようじゃが、ワシの本気の速さの打ち込みを何度か見切って避けておった。これも才能というべきかの。恐るべき動体視力と反射神経じゃ」


「ああ、それで万に一つと。要は勝てる可能性ってことですね。ですが……申し訳ないんですが、俺、勝つつもりなんてないんですよ」


「なに? どういう事じゃ?」


「単に身をもって教えたいのと、それが可能な方法があるなら教わりたいと思って。ですが、仰る通り動体視力と反射神経でついていけるなら出来そうです」


「……その内容はなんじゃ?」


「俺はね、国是だか知らないですが、グライン公国の格言は良いと思うんです。でもあのお姫様の解釈は大嫌いなんですよ。聞いたばかりですが、それはもう死ぬほど」


 そして俺は『身をもって教える』内容を述べた。


「………………。さすがはサレナ王族の血筋というべきか。いやこれは違うな。お主、肝が据わっておるどころじゃない。歴代の王族の中でも異質。もはや狂人じゃわい……」


「言われずとも分かってます。でも、そこまでしてでも俺は分からせたい」


「何かあの姫に思うところでもあるのか? 初対面じゃ、恨みなんぞもなかろ?」


「恨みはないですが……。格言とやらを使って、あのドヤ顔で正義を語るのが気に食わない。それだけですかね。他にも理由、自分の中にはあると思いますがまだ言語化できません」


「面白い。例え狂気の沙汰としてもワシはお主を支持しよう。お主が王なら我が剣を捧げてもよいくらいじゃ。惜しいものよ」


「過分なお言葉です。稽古を付けてもらってるのにそんな」


「そういうな。それに、稽古はまだ一週間残っておるからな? お主の目的は分かった。後は生存確率を上げるために長所を伸ばせるところまで伸ばすぞ!」


「お願いします!!」


 それから一週間、カルロさんに特訓をしてもらったのだった。

 本来は俺なんて相手にしなくてもいいだろうに……ありがたい。

 その間、俺はグライン公国の成り立ちの話を大まかに聞き、調べもした。


 ◯


 そして話は冒頭に戻る。

 決闘の場所は学校の庭園。

 この学校にはなぜか知らないが、大きな温室がある。


 花の咲き乱れる中、彼女は言う。


『正しき剣には正しき力』というやつだ。


 それを詭弁だと切り捨てる俺。


「別に国是を否定するわけじゃないよ。ただ、勘違いしてるんじゃない?」


「我が国の格言を勝手に解釈しないでください。不快です」


 精神修養でもしてるのだろう、彼女はすぐに落ち着いた。

 取りつく島もないとはこの事か。



 グライン公国は始祖にあたる方が、剣一本で成り上がり興した国らしい。

 相当な苦労があっただろうし、その格言が受け継がれても不思議ではない。


 だが、彼女が……生まれつき王族として生活してきたモニカがそれを口にするのは違う気がする。


 もちろん血の滲むような努力はしたのだろう。

 だが、その言葉を正しい意味で理解しているのだろうか。

 ご先祖様の苦労やその人生を想わず、言葉の表面だけに誇りを見ていないだろうか。


 いや、それは後で聞くか。

 とりあえずは決闘だ。


「それで、方法は剣だとして、勝敗の決定方法は?」


 すると、従者のスーツ女性が出てきて告げた。

 この方の名前はクロエさん。


「こちらをお受け取りください。そして胸──心臓のあたりにお召しください」


 渡してきたのは手袋と赤い薔薇の花だ。


「これは?」


「いくら決闘と言っても、命のやり取りではないのです。この花の花弁を散らした方を勝者とします。手袋は我が国で正式な決闘の時につけるものです。合理的と思いますが」


 赤い薔薇が心臓代わりというわけか。

 昔の決闘の名残だな、たぶん。


「……なるほど、勝利条件はわかりました。では、敗北条件は?」


「? 何を仰ってるのですか? ですから花弁が散ったらですよ」


「それは方法の一つですよね。例えば、実力が適わないとみて『参った』というとか、多少なりとも怪我をするとか」


「降参を宣言すればその時点で負けです。もちろん貴方の降参宣言はいつでも受け付けます。怪我ですか? その代替のための花弁なのですが……。真剣を用いる以上、多少の負傷は覚悟しておいてください。まさか、かすり傷一つ負わない自信があったり、怪我が怖いとかではないですよね?」


 従者のこの人。

 この人も分かってんのかな。

 怪我が怖い……?

 ヌルいだろ!!


「わかりました。では勝利条件は胸の花を散らすで。敗北条件は花弁が散らされる、もしくは降参宣言をする。負傷はその限りではない、でいいですね? 後から変更なんか無しですからね」


「よろしゅうございます。後は姫とお話しください」


「モニカ、そういうわけだけど、そちらはオーケー?」


「もちろんよ。まさか私に傷を負わせるつもり? 多少の怪我の覚悟なんてできてます。そもそも私の負傷を心配するだなんて、とんだ自信ね」


 この子もクロエさんと同じだな。

 舐めきっている。

 俺をって事じゃない。

 君こそ分かっているのか。

 これは凶器だぞ。


「じゃあ始めましょうか。審判はクロエさんが?」


「はい、僭越ながら私が務めさせていただきます」


「モニカ、始める前に何か言いたいことは?」


「勝負を始めるから『お願いします』くらいね。あなたは?」


「俺はさっきから言ってる。『今からでもやめよう。怪我が嫌だとかじゃなくて後悔する』」


「怪我が嫌じゃないならいいじゃない。サッサと終わらせます。クロエ、合図を」


 つくづく、聞く耳をもたないな。


「ではお二人とも剣先を合わせて一度下がって…………始め!!」


 一度、剣先を重ねるのが作法みたい。

 俺にはよく分からない世界だ。


 とうとう勝負開始。

 モニカは速攻でしかけてきた。

 秒殺するつもりなのだろう。

 いきなり心臓位置の薔薇を突いてきた。

 だが。


「避けた!? 私の一撃を!?」


 驚いているな。


 この勝負は技巧も関わる。

 フェイントなどももちろん入れてくるだろう。

 長丁場になるほど俺に勝ち目はない。

 だが、単発のスピードはカルロさんの方が速い。


 いちおう、やる気っぽいのを見せておくか。


「フッ!」


 同じように攻撃に出る俺。

 しかし、突きではない。

 大ざっぱな縦の斬撃だ。

 彼女はバックステップをしながら言う。


「……なにそれ、拍子抜けだわ。本当は少し期待してたのだけど。まあいいわ、終わらせましょう」


 そう言って同じように胸の薔薇めがけて攻撃してきた。

 先ほどの意趣返しか、今度は俺と同じように縦の斬撃だ。

 そして、それに対して俺の取った行動は。


 空いた方の手で剣を掴む事だった。

 俺たちの使っている剣は細身の片手剣。

 もちろん無刀取りなんてカッコいいものではない。

 頑丈な手袋をしているとはいえ、掴んだ手は血みどろだ。


「!? なに、をしているの!? 空いた手で剣を手づかみ!? あなた正気!?」


 叫ぶモニカ。


「そこまで! 勝者──」


「待って下さい! 俺は『降参』してません。勝手に勝負をつけないでください」


「し、しかし」


「多少の負傷は覚悟しろと言ったのは貴女方でしょう!! 今さら何を怖じ気づいてるんですか!!!!」


 俺の喝破(かっぱ)に二人は一瞬硬直した。

 その隙に、俺は手を離し距離を取った。


「さあ、勝負再開だ、モニカ」


「で、でもあなた血……指、落ちてないわよね?」


「さあ? 落ちかけてるかもね。それで?」


「そ、それでって。痛くないの……?」


「痛いに決まっているだろう!! これは君から挑んできた真剣での勝負だ!! 今さらそんなバカな事を聞くんじゃない!!」


「ひうっ!」


「だから、それよりも再開だ。クロエさん、中断みたいな流れになりましたし、仕切り直しをお願いします」


「で、ですがせめて手当を」


「貴女もですか。試合前に確認したでしょう……。侮っているのはどっちだ!! ヌルすぎるだろう!! いいからさっさと再開しろ!!」


「は、はい! 始めっ!」


 そして再び始まる勝負。

 俺の剣は……うん、ちゃんと持ててるな。

 片手剣で良かった。

 モニカは少し腰が引けているな。

 本当の真剣勝負をしたことないのかな?

 あれだけ啖呵たんかを切っておいて。


 あちらからは攻めてこなさそうだな。

 こちらから行こう。

 俺は先ほどと同じように斬撃を繰り出す。

 今度はコンパクトな突きだ。

 もちろん本気ではなく、すぐ手元に戻す。

 余裕で避けるモニカ。


 攻撃を受けた際にモニカの顔色が変わった。

 反撃に移るつもりだ。

 一歩二歩と距離を詰めてくる。


 そして今度は突きで薔薇を狙ってきた。

 俺をそれを見切って、少しだけ前に出つつ身体を左にずらす。

 刺さった場所は……。

 右の腋窩わきのしたちかくか?

 幸いにも肺には達していなさそうだ。


 当然、したたり落ちる血。

 負傷の程度は分からない。

 少なくともこれは決闘だ。

 代償としての薔薇?

 決闘は本来命がけで行うものだろう。


 さあ、『正しき剣と正しき力』を俺に見せてくれ。


「い、いやああああ!」


 怯えて剣から手を離すモニカ。

 おいおい、騎士に取って剣は重いものだろ?

 侍みたく、命の代名詞までかは知らないけど。


「ストップです! 治療に入ります! これ以上はただの惨劇だ!」


「勝手に止めるな! 俺は負けを認めてない! 勝負前に約束をしただろう! 俺は命を賭けてここにいるんだ!! 死んでも俺から負けは認めないからな!! その俺の覚悟を!! 決闘というものを!! お前らは舐めてんのか!!!!」


「ッッッ!!」


「ほらモニカ。勝負再開だ」


「い、いや……」


「ああ、そうか。剣がないもんな。ちょっと待ってろ?」


 俺は自分に刺さった剣を抜き、モニカの元へ放り投げた。


 ……致命傷じゃないみたいだが、出血はかなりあるか。

 モニカの元へ転がる血みどろの剣。


「よし、勝負再開だ。クロエさん?」


「ぁ……」


「何をボケッとしてんだ!! 審判だろ!! 早く自分の仕事をしろッ!!」


「待って!! ……私の、負けです……」


 その言葉とともに、モニカは崩れ落ちた。

 心も折れたようだ。


「ですって、クロエさん」


「あ、ええと、この勝負、大志さまの勝利!!」



 ……勝つつもりもなかったんだけどな。

 まあ、ともかく。


「……痛っってええええええ!! 早く救急車救急車!!」


 それからは大わらわだ。

 救急車を呼ぶクロエさんに泣き叫ぶモニカ。

 そしてメッチャ痛がる俺。

 そもそも俺、別に痛みに強いって訳じゃないし。


 ◯


 運ばれて診察、治療を受け、入院。

 検査なんかもした。

 母さんにはメチャクチャ怒られるし泣かれるし。

 友人たちにも怒られた。

 バカな俺だ、本当に申し訳ない。


 ただ、カルロさんだけは。


「……お主、生まれた時代と環境が違えば覇者になっておったかもな」


 とか意味不明なことを言っていた。


 今はモニカがお見舞いに来てくれてる所である。


「あの、本当に、ごめんなさい。私、剣を使う本当の意味を理解してなかった。反省してます」


 彼女は泣きじゃくって後悔していた。


「いや、あれは自傷する俺が悪いし。本当は実力差からいって、怪我もさせる気もなかったんでしょ?」


「はい……」


「そこが甘いんだけどね。あんな薔薇つけて花を散らした方がなんて優雅なことを言ってたけど、決闘の本当の意味って知ってる?」


「本当の意味……」


 オウム返しする彼女。

 まだ意気消沈の様子。


「当然のことだけど、本来は『命を賭け合う勝負』だよ? まあ場所と時代でも違うだろうけど。それのどこに『正しさ』なんて介入する余地が?」


「う……」


「だからってモニカの国の伝統も国是も否定する気はないんだけど、俺言ったでしょ?」


「言った……?」


 相変わらずほうけているようだ。

 その時、部屋の入り口からノックの音が聞こえカルロさんが入ってきた。


 俺は挨拶だけ交わし構わずに言う。


「たぶんだけどさ……。それ順番が逆なんじゃない? 『剣は凶器だ、正しく使いなさい。力は人を傷つける、正しく使いなさい』。勝手な推察をして申し訳ないんだけどね、一国を興すほどの方が『剣と力』の怖さを理解してないはずがないんじゃないかなって」


 その時、カルロさんが驚いたように言った。


「お主……! その言葉、誰に聞いた!? 父親か!? グライン公国でも成人した王族か、ごく一部の人間しか知らんはずなんじゃが……」


「え、じゃあなんでカルロさんはご存知なんですか?」


「ワシか? お主の父に聞いた。元々サレナ王国はグライン公国の母国じゃて。そこの王族は大体知っておるよ。それにグライン公国にも知り合いがおるしな」


 父さん口軽いな!?


「いや、さっき言ったように俺は勝手に推察しただけですけど。グライン公国の成り立ちを調べた時にそれとなく。とはいっても詳しい歴史なんかはまだ全然知りませんけど……」


「お主は……」


「それよりも問題が……」


 苦しそうな顔で言う俺。

 それに、モニカが慌てたように答えた。


「ど、どうしたの!? 私が傷つけたところが痛むの!?」


「いや……実家の定食屋の人手が……俺という戦力が抜けたらマンパワーが足りなくなる……これはヤバいぞ」


 そのセリフにモニカは唖然とし、カルロさんは笑っていた。


「それなら大丈夫です。あなたのお店には慰謝料と、戦力代わりにクロエを派遣してます。彼女は大抵のことはソツなくこなせますから。そこら辺の従業員よりは仕事ができますよ」


「自分の怪我より店の心配かい……」


 いやカルロさん、俺にとってはそれ死活問題だから。


「なら良かった。しかし、クロエさん定食屋をこなせるのか……あ、クロエさんに結婚申し込もうかな」


 まあ冗談だけど。

 するとモニカが慌てたように遮ってきた。


「だ、ダメです!! 私との勝負に勝ったんだから、あなたは私と結婚するんです!! クロエはダメ!!」


 え、なにそれ。

 無効試合でいいよあんなの。

 それとも何かそこまで君の好感を稼ぐような事あった?

 正直、自傷野郎なんてドン引きだと思うんだけど。


「でもモニカ、定食屋できる?」


「……必死に頑張りますから」


 なんで俺と結婚したいような流れになってるんだろう。

 でも、モニカって綺麗な子だし、頑張る人は好きだ。

 このまま付き合っていくと恋愛しそうな感はある。


「それ、グライン公国は許してくれるの? 普通無理でしょ」


「お父様とあなたのお父様で話はすでについています。決闘に負けたら嫁ぐなり国に連れてくるなり好きになさい、と」


 あ、そういえば父さんとモニカのお父さんって親友だったんだっけ。


 そんなことを思っていると、おもむろにカルロさんが携帯のようなものを取り出していた。


「ワシじゃが。うむ、聞いて驚け。お前の娘婿な、あの格言の真の意味を自力で掴みおったぞ。しかも、真剣勝負で怪我を負っても一歩も引かんどころか、狼狽うろたええるお前の娘とその従者に喝を入れおった。うむ、うむ……」


 というかカルロさん、どこかで決闘見てたの?

 どういうこと?


「お主にグライン公国の王から『モニカとともに国を継がないか打診してくれ』って伝言があるんじゃが、どうする?」


「ええぇぇぇぇ、国王はちょっと……」


「継いだら趣味で好きに定食屋を運営していいらしい」


「ぬ、ぬう……」


「あの、私より定食屋ですか? 花より団子なんですか?」


 モニカ、難しい言葉知ってるね。

 意味はちょっと違うけど。

 あと君の好感度はかなり高いって。


 こうして唐突に起こった俺の『婚約勝負事件』は幕を降ろした。



 そもそも国を継ぐなんて大それた事は考えてない。


 だが、何やらモニカのライバルっぽい上位貴族と

 父さんが婚約のダブルブッキングをしてしまっていたり、

『あれ、国王とかやったら定食屋やる余裕なんてないんじゃね?』

 と気づくのは後のお話。

現在の主人公の好感度(恋愛ではなく定食屋視点)


クロエ(定食屋のホープ)>>>幼馴染み(普通に手伝い慣れてる)>モニカ(根性はある)


ヒロインは周回遅れ。




ちなみに格言の真の言葉。

「剣は凶器で、力は人を傷つける。それらを使うのなら優しさを元に行いなさい。そうしてこそ、初めてそこに正しさが宿る」


叩き上げの国なので、戴冠前に力に溺れる人物かどうか試されてたりします。

わざわざ王族の伝統で剣での決闘なんか残してるのもそれ。


主人公はサイコパスっぽい変人ではありますけど優しい人物です。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  面白く拝見させて頂きました。  「抜かぬ剣こそ至高の剣」とも言いますし、現代においても軍事における兵力の最大の任務功績は抑止力で戦争を起こさないこと、と言われますしね。  高位貴族がそ…
[良い点] ぼくこういうはなしだいすき! [一言] 親父ぇ…… まあむしろ王国内で問題にならなかったのが意外
[一言] 主人公キャラが最高 面白かったです( ´∀`)
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