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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ねえねえ、知ってる?

ホラー初挑戦ですが、一生懸命書きました。

良かったら、読んでください。


追記です。

2020/8/25 『ねえねえ、知ってる? バッドエンドバージョン』を作りました。


怖いのが好きな方は、バッドエンドバージョンから読んでいただき、こちらの作品に戻っていただくと、スッキリするかもしれません。


怖いのが苦手な方は、このまま読み進めていただければと思います。

「ねえねえ、知ってる? 〇〇駅の9番線ホームの幽霊の噂のこと。一人でそのホームにいると、幽霊が出てきて人を線路に落とそうとするんだって。それでね――」



 なんでこんなに暗いの?


 この道を歩いて思った私の感想だ。


 駅までの道だというのに、この道には外套が少な過ぎる。


 ほとんど真っ暗闇じゃないか。


 何かがでてきそうな雰囲気だ。


 お化けなんか非科学的であり得ないし、怖くなんかないんだから、自分に言い聞かせるが、私の足は自然と早くなっていた。


 深夜なのに、まとわりつく生暖かい風。


 滴る汗。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン……


 電車が通る音が聞こえて、駅前まで来たという安心感からか、だんだんと歩くペースがゆっくりになっていった。


 もう安心だ……と思ったところで、ぽんっ、と後ろから肩を叩かれた。


 ヒヤッとして振り返る。


「よっ」


「なんだ、リカか。驚かせないでよ」


「なんだじゃないよ、今、何時だと思ってんの?」


 私は駅に備え付けられている時計をチラリと見やった。


「11時34分」


「いつからこんな時間まで外出する不良娘になったの?」


「私はさぼりの常習犯のリカと違います」


「じゃあ、こんな時間まで何してたの?」


「予備校で自主学習」


「しすぎでしょ。毎日こんな時間までしてるの?」


「今日はたまたまだよ。数学の問題集を集中して解いていたらこんな時間になっちゃった」


「もう、誰か教えてくれなかったの?」


「ほら、私、友達少ないから」


「え? じゃあ、ずっと一人で勉強してたの?」


「うん」


「はやく帰りなよ。きっと小夜のお父さんとお母さんが心配してるよ」


「うちの両親は今日夜勤だから、家にいないの」


「いないなら、一緒に帰ろう」


「え? 一緒にってどういうこと?」


「今日一日だけ泊めてくれない? 同じ中学のよしみで」


「それはダメ。リカはリカの家に帰ってください」


「えー、1日くらい、いいじゃん。小夜のケチ」


 口を尖らすリカ。


「ケチとかそういう問題じゃないでしょ」


 私は呆れながらこたえた。


「久しぶりに行きたかったな……小夜の家。でも、それはできない……か」


 リカは落胆した表情で肩を落とした。


「リカ?」


 私はリカの顔を覗き込んだ。


「ああ、なんでもない、なんでもない。そういえば、リカがあげたプレゼント持ってる?」


「プレゼント?」


「小学生の頃あげたじゃない」


「ああ、多分、部屋にあると思うよ」


 確か、私の机の引き出しの中に入っているはずだ。


「えー、使ってよ」


「いや、あれ、子どもっぽいからさ」


 あまり人前で使いたくはないというのが本心だ。


「子どもっぽいからとかなんとか言って、本当は失くしちゃったんじゃない?」


「ちゃんとあります」


「じゃあ、本当に大切にしてるかどうか、抜き打ちチェックね。明日持ってきてよ」


「いいわよ、明日持っていってあげようじゃないの……って、こんなところで立ち話している暇ないわよ。リカは5番線でしょ? あと10分もないじゃない……」


このホームから5番線までは少し遠いため、私はリカを促した。


「あ、本当だ。もしかして、小夜は9番線?」


「えっと……そうみたいね」


 私は電車の掲示板を見ながら答える。


「ねえねえ、知ってる? 9番線って、いわくつきのホームだよ」


「いわくつき?」


 私はゴクリと唾を飲みこんだ。


「うん、そう。だから、電車で帰らない方がいいよ。今日はバスで帰ったら? 一緒について行くし」


「いや、家の近くまでのバスないし」


「じゃあ、タクシーとか? 一緒について行くし」


「お金がないよ」


「家に着いたら払えばいいんじゃない?」


「家にお金ないし、親もいないし」


「じゃあ、歩いて帰ったら? 一緒について行くし」


「いや、歩いては帰れないでしょ」


「えー、一緒に帰ろうよー。一緒に帰ればいいことあるよ?」


「家には泊めないからね、リカ」


「いつからそんなケチになったの?」


「私はケチではない」


「じゃあ、どうやって帰るの?」


「電車だね」


「えー、電車はやめようよ」


 そういえば、リカ、昔からこういうオカルトの話、大好きだったな……


 もしかして、私を怖がらせようとしているだけなんじゃないか?


「ちなみに、そのホームにはどんないわくがあるの?」


 作り話の可能性もでてきたので、リカに確認をとる。


「女子大生が変死をしたんだよ」


 すらすらと答えるところをみると嘘ではなさそうだ。


「変死なんて、よくある話じゃない?」


 病院で変死した……とか、事故物件だった……とか、縁起が悪いから表にでてこないだけで、そういう噂はたくさんある。


 利用者が多いこの駅なら、変死でなくなる人が一人や二人出ることだってあるだろう。


 大丈夫、怖くなんかない。


 ちょっとは怖いけど。


「いやいや、変死の中でも特殊な変死なんだよ」


「特殊な変死って何?」


 特殊な死に方だから変死と呼ぶのだと思うけど……


「朝まで誰にも気づかれなかったんだ」


「気づかれなかった? どういうこと?」


「女子大生が死んでいたことに()()気付かなかったの」


「事故の時、周囲に誰も居なかったってことでしょ?」


 終電に乗れなかった女子大生が、線路に転落したとかそういう類の話だろう。


「いや、違くて、状況から見て、最終電車に轢かれたはずなのに、その現場を誰も見ていないの」


「最終電車に轢かれたはずなのに、誰も見ていない? 無人の電車だったとか?」


 今や電車も無人自動運転ができる時代だ。


 無人の電車で、乗客も誰もいなかったことも考えられる。


「それが違うんだよ。終電がホームに着いた時、電車に乗っていた車掌も、終電に乗っていた乗客も居たんだよ」


「電車の中に人が居たのに、誰も見てない……そんなことあり得る?」


「普通はあり得ないから変死なんじゃない、小夜」


「もしかして、別の電車に轢かれたんじゃないの?」


 いわゆる電車のすり替えトリック。


 終電に轢かれたように見せかけた……とか。


「それも違うみたいなんだ。最終電車に轢かれていたのは間違いなくて、血のりもべったりとついていたのんだから」


「それはおかしいわね…… 電車に轢かれたのに、目撃者が誰も見ていないなんて……」


「だから、特殊な変死なの」


 特殊をことさらに強調するリカ。


「でも、事故はあったんだよね?」


「うん、そう。事故は間違いなくあった。それなのに、事故があったのにも関わらず、車掌はブレーキすらかけていないの」


 目の前に人がいるのに、ブレーキをかけなかったということになる。


 それはあり得ない。


「車掌が酔ってたとかあるいは、麻薬中毒者だった可能性は?」


「後からの警察の調べで、乗務員がまともだったことは確かみたい。それに、終電とはいえ、乗客は多かったらしいよ」


「全員が催眠ガスで眠らされた……とは考えられないか……」


 さすがに、集団で寝ていました……ということは考えづらい。


「ちなみに、どうして、その女子大生は変死したの? 自殺する理由があったとか?」


「自殺する理由なんて見当たらないよ。順風満帆の大学生活を送っていた、普通の大学生だったらしいし」


「自殺をする理由はなしか……そもそも、その大学生はどうして線路に転落してしまったの?」


「状況からしか判断できないんだけど、落としたチェスの駒を拾おうとしたみたい」


「チェスの駒?」


「うん、そう。どうやら、電車に轢かれた大学生は、チェスサークルに入っていたみたいだね」


「わざわざ拾いに行ったってことは、そんなに大切なチェスの駒だったのかな?」


「大学のチェスサークルで使われている、どこにでもある安価なプラスチック製の駒らしいよ」


「じゃあ、落としたのが思い入れのある駒だったとか?」


「それもないんじゃないかな。彼女はチェスサークルの部長で、チェスの駒が安価なことは知ってたし、もし、失くしたとしても買い替えればいいだけだしね」


「確かに」


 安価なプラスチック製の駒を落としただけで、命がけでわざわざ線路に拾いにいくなんてことは考えにくい。


 ……ということは考えられる可能性はただ一つ。


「わかった、オリエント急行殺人事件よ」


「オリエント急行殺人事件?」


「詳しく知りたいなら、図書館で読めば解決すると思うわ」


「うへー、そんなの読んでられないよ。かいつまんで教えてくれない?」


「えー、ミステリーにネタバレは御法度なのに」


「いいの、いいの。どうせ、読まないから」


「つまりは、~というお話で、~というトリックなの」


 私はこの本のトリックを渋々かいつまんで説明した。


「えー、そんなトリックあり?」


「アリアリね。事実は小説よりも奇なり……っていう言葉があるくらいだもの。実際ならあり得るんじゃない?」


「さすがは、小夜」


「どんなに複雑な怪奇現象でも、一つ一つを分解すれば、全て科学で解決できるの」


 実際はこじつけただけだけどね。


「さすが小夜。私なら、全ての怪奇現象を一つに結び付けてしまうのに」


「結び付けたら、混乱を生むだけじゃない」


「いやいや、そうとは限らないよ。時には必要なんだよ。そういう考えが」


「そんなもんかな……」


「そんなもんだよ。でも、本当に気を付けてね。今日の未明にも、この駅の9番線で10代~20代の女性と思われる死体が発見されてて、警察は事件と事故両面で捜査をするって、ニュースで言ってたから」


「今日!?」


 私は驚いて訊き返す。


「知らなかったんだ」


「うん、知らなかった」


 今日は学校が終わってから、ずっと予備校でずっと勉強していたからな……


「じゃあ、あの噂も知らないでしょ?」


「噂?」


「9番線に1人で居ると、『うつ……うつ……』……って耳元で囁かれる噂」


「何、その噂?」


「きっと、その女子大学生が呼びかけてるんだよ」


「そんなの、幻聴でしょ?」


 私は怖くないふりをして訊き返す。


「その声を聴いてしまった人が何人も出てきた……なんて噂もあるみたいだよー」


「噂でしょ? 電車の音がそういう風に聞こえたとかさ」


 私はできるだけ気丈にふるまった。


「えー、電車の音じゃないと思うよ。その声を聴いた人はことごとく鬱病になったっていう噂だから、絶対、幽霊の声なんだよ」


「逆じゃないかな?」


「逆って?」


「きっと、噂を信じやすい人は、鬱になりやすい傾向にあるんだよ。だから、鬱になってしまった」


 私は努めて冷静にこたえた。


 脚ががくがくしているのは絶対にばれてはいけない。


「うーん、そういう考え方もあるかー。さすがは理系脳。理路整然。トリックも簡単に解いちゃうし、幽霊は幻聴だと一蹴しちゃうし、本当に小夜はすごいな。でもね、幽霊はいるんだよ」


「いいえ、すべてのことは科学で説明がつけられるの、幽霊はこの世にいません」


 いるはずないと信じたいだけだ。


「違うよ、小夜。幽霊はね、いつも善良な生者の魂を狙ってるんだよ?」


「そんなわけないじゃない」


「ところでさ、小夜、私たち、永遠にずっと友達だよね?」


「リカ、どうしたのいきなり?」


 何か、怖い……


「永遠にずっと友達だよね?」


 ぴしっ。


 冷たい目と抑揚のない言葉で言われ、一瞬だけ時が止まった。


『まもなく、●●行きの最終電車が入ります。ご乗車の方は、5番ホームへお急ぎください』


 ホームのアナウンスが入った。


「あ、もうそろそろ行かなくちゃ」


「じゃあ、明日、学校で」


 ガッシャーン。


 背後から、ガラスの割れる音がした。


 びっくりして振り返ると、転んでビール瓶を割ってしまった酔っ払いのおじさんがいた。


「うわー、びっくりしたね、リカ……リカ?」


 振り返ると、そこにリカはいなかった。


 …………


 ……



 電車が来るまで、まだ20分ほど時間がある。


 さて、どうやって時間を潰そうか……


 駅に備え付けてある、全国チェーンの喫茶店にでも寄って、勉強でもしようかな……と思ったのだが、さすがに、この時間、制服姿の高校生が喫茶店に出入りしてるとまずい。


 それに乗り遅れれば、最悪、歩いて帰ることになってしまう。


 歩くことになれば、家まで3時間はかかる。

 

 うん、9番線のホームで待ったほうがいいだろう。


 そう判断した私はプラットホームへと足を進めた。


 誰もいないか……


 今日は水曜日で、電車が来る20分も前だ。


 誰も居なくてもおかしくはない。


 先ほど変死の話を聞いたばかりなので、酔っ払いでもいいから誰か一人くらい居て欲しかったが、仕方ない……


 蒸し暑い中リカと話したせいだろうか?


 喉が渇いてしまった。


 トートバッグの中の水筒は全て飲み干してしまったいたはずだ。


 念のため水筒を取り出し、振ってみる。


 水が入っている気配はない。


 仕方ない、ジュースでも買うか……


 このホームって、自動販売機あったっけ?


 大きな柱の裏にあるかもしれないと思い、暗がりのほうへと向かう。


 それらしきものはない。


 あるのは、備え付けのベンチとホームを支える柱だけだった。


 このホームで幽霊が出たと噂になるのもうなずける。


 薄気味悪かったが、幽霊何ていないと大見得を張った以上、びくびくしてもいられない。


 他のホームまで飲み物を買いに行こうかとも思ったが、急に足がだるくなり、歩く気すらおきなくなった。


 何故だか、数メートル先のベンチに行く気力さえなくなってしまっていた。


 私は柱に寄りかかる。


 おかしい。


 予備校で勉強を頑張ったとはいえ、数メートル先のベンチまで歩くのさえ億劫になるなんて……


 落ち着け。


 きっと、リカに怖い話を聞かされたせいで疲れているんだ。


 こういう時は、日常のルーティーンをこなしたほうがいいだろう。


 そう思った私はスマホを取り出すと、すぐさま英単語暗記アプリを開いた。


 いざ、単語を覚えようとすると、『充電が切れます』のイラストが現れる。


 こんな時に充電切れか……


 充電パックを買おうかとも思ったが、足を動かしたくないという気持ちが圧倒的に勝っていた。


 あとは一駅先で降りて、家に帰るだけだ。


 無理して買いに行く必要もないだろう。


 電源を切ってスマホを鞄へとしまう。


 スマホをぱんぱんに膨らんだトートバッグの中に投げ入れた瞬間、ホームの蛍光灯がちかちかと点滅し始めた。


 あれ? 球切れかな?


 ……と思った刹那、ホームの蛍光灯は全て消えてしまった。


 あたりが暗闇に包まれる。


 ホームの蛍光灯だけじゃない。


 私の身近にあるありとあらゆる光が失われた。


 もしかして、停電かな?


 いや、待て待て、雷が落ちたわけでもないのに、なんで停電が起こるんだ……とも思ったが、停電の原因を探るよりは、何か明かりになるものを探したほうがよさそうだ。


 何か明かりになるもの持ってなかったっけ?


 そうだ、スマホ……と思ったが、トートバッグの奥の方に入っていて、どこにあるかわからない。


 いや、そもそも充電切れだから、懐中電灯としては機能をなさないか。


『ねえねえ、知ってる? 9番線って、いわくつきのホームだよ』


 先ほどのリカの言葉が頭をよぎる。


 いやいや、そんなことない。


 町全体が停電になっただけだ。


 少ししたら非常灯がついて、駅員さんも来てくれるはずだ。


 大丈夫と自分に言い聞かせる。


 ふと、生暖かい風が脚に纏わりついた。


 いや、これはお化けなんかじゃない。


 この時期には珍しくない風だ。


 もう一度、大丈夫と自分に言い聞かせた。


「……つ………………………………………………と………………」


 どこかから声が聴こえてきた。


『つ』と『と』?


 あれ?


 これ、どこかで聞いたような……


 私は耳を凝らす。


「うつ……………………うつ………………と………………うつ……………………うつ………………と」


 うつ……うつ……と……って、リカが言っていた、あの声だ。


 電車の音なんかじゃない。


 れっきとした人が出している声だ。


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 喉はカラカラだったが、私は大声を上げてしまっていた。


 はやく、はやく、ここから逃げないと。


 ……って、逃げるってどこへ?


 この真っ暗闇の中で、スマホも懐中電灯もなく、どこへ逃げればいいというのか?


 襲い来る絶望感。


 さっきよりも体が重くなり、ぺたりとその場にしゃがみ込んでしまう。


 立とうとは試みるのだが、力がどこにも入らない。


 完全に腰が抜けてしまったようだ。


 でも、本能が告げている。


『はやくこの場から立ち去らなければならない』……と。


 しかしながら、どこへ逃げればいいのかがわからないのだ。


 逃げたい心と、どこへ逃げたらいいのかわからない心とが交錯する。


 逃げろ!


 警告する本能。


 それとは裏腹に体の力は入らない。


 私は一体どうすればいいの?


 どうすることが正解なの?


 私が混乱していると、体がふんわりと宙へ浮いた。


「え、え、え、え、え、え、え? 何で?」


 何で、私の体、勝手に浮いてるの?


 体が宙に浮かび、ゆっくりと動いている。


 ポルターガイスト?


「いやっ! やめてっ!!」


 私を何処へ連れて行こうと言うの?


『電車に轢かれた』という先ほどのリカの言葉が頭によぎった。


「……まさか、線路?」


 このままだと私もこのまま線路に落とされてしまう。


「いやっ」


 私はじたばたと抵抗を試みるが、移動速度は落ちない。


「誰かっ! 誰かいないの!?」


 大声で助けを求めるが、誰も返事を返してくれる人はいない。


 まずい、このままだと、線路に落とされる。


「いやっ、やめてっ!!」


 ガチン。


 伸ばした腕が何かに当たった。


 これは、柱?


 これにしがみつけば、生き残れるかもしれない。


 私は柱と思われるものに必死になってしがみついた。


 これでなんとかなる……


 ……と思ったのも束の間だった。


 すぐさま、私の手を柱から離そうと、とんでもない力がかかる。


 必死にしがみつく私。


 絶対に離さないんだから……心ではそう思っているのだが、私を線路へと引っ張る力は想像以上に強い。


 必死にしがみついているつもりだったのだが、左手の小指が一本離れ、薬指が一本離れ、中指が離れたと思ったら、左手のすべてが離れてしまった。


「くっ」


 必死に右手に力を入れるが、片手じゃ到底謎の力に抗えない。


「もうダメっ!!」


 右手も離れかけると、ガタンゴトン、ガタンゴトン……という音。


 電車だ。


 電車がホームに入ってくる。


 良かった。


 これで助かる。


「助けて」


 喉が痛かったが、私はできうる限りの大声で叫んだ。


 ふと、私を引っ張る力が弱まった。


 私は謎の力が弱まった瞬間、左手を伸ばし、柱を掴もうとした。


 謎の力はそうはさせまいと弱めた力を強める。


「やめてよ」


 まだこの犯人、私を線路へ落とすことを諦めていない。


 それなら、もっと声を上げて人を呼ぶだけだ。


「助けて」


 私は電車の音のした方へ大声で叫んだはずだった。


「え?」


 私は目を疑った。


 ホームに入って来たのは私の知る電車じゃなかったのだ。


「…………これって、何?」


 形は電車なのだ。


 しかしながら、色は全て黒い何かに覆われている上に、ガラスがなく、空洞のようだ。


 もちろん、黒い影の中には、誰も人は乗っていない。


 この列車に乗ったら最後、あの世まで連れていかれそうな気がした。


「いやーーーーーー!!」


 私はこれでもかと言うほど叫ぶ。


 私が叫ぶと急に私を引っ張る力がさらに強くなった。


 このままだと黒い影の電車の中に引きずり込まれてしまう。


 何とか……


 何とかしないと……


 先ほどまで、その場から私は逃げようとしていた。


 引きずり込まされそうになって、それに抗っていた。


 そうじゃない、そうじゃないだろ。


 戦うんだ。


 お化けなんてものはいないとリカに豪語したばかりじゃないか。


 私は目を閉じ、持っていたトートバッグを無我夢中で振り回した。


 ガシャーン。


 中に入っていた筆箱やら体操着やら何やらが床に飛び散る。


 ふいに、体が軽くなった気がした。


 もしかして、助かった?


 そう思った刹那、二の腕をがしっと誰かに捕まれた。


「いや、もうやめでー」


 空になってしまってもはや武器とは呼べないトートバッグを振り回しながら、ガラガラになってしまった声で叫ぶ。


「大丈夫ですか、お客さん?」


「え?」


 目を開けると、駅員さんが心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでいる。


「…………はい」


「良かった。はい、これ貴女のでしょ?」


 私は落としてしまっていたスマホを渡される。


「ありがとうございます」


 そこはいつもの9番線ホームだった。



 …………


 ……


 きちんと家までたどり着けたようだ。


 ただ、電車に乗ってからの記憶はなかった。


 家について、お風呂に入り、早々にベッドに入ったはいいものの、なかなか寝付けない。


 こんなことなら、リカを家に呼べばよかった。


 それなら、独りでは帰らなかったし、今頃、ガールズトークで盛り上がっていたかもしれない。


 …………


 ……


 え?


 ここは、9番線?


 どうして、私、ここに居るの?


「この空間では、誰も助けてくれない」


 女性の後ろ姿が見えた。


「リカ?」


 私は尋ねる。


「私はリカじゃない」


「じゃあ、貴女は誰?」


「私は……」


 ちょっと、待って。


 ねえ、ちょっと待っててば。


 私を独りにしないで……


「『うつ……うつ……と』『うつ……うつ……と』『うつ……うつ……と』『うつ……うつ……と』『うつ……うつ……と』『うつ……うつ……と』『うつ……うつ……と』」


 いやーーーー!!


 何でこんな声が聴こえるの?


 何で?


 何で?


「もう、やめて。いやーーーーーーーーー」


「私たち、ずっと友達だよね?」


 駅で見たリカの顔を見ると私はベッドから飛び起きた。


「はぁはぁ、……夢か」


 飛び起きた私は汗でびっしょりだった。


 本当に怖い夢だった。


 …………


 ……


 時刻は、朝6時。


 どうやら、目覚ましが起こす前に起きてしまったようだ。


 二度寝しようかとも思ったが、また怖い夢を見ても嫌だったので、そのまま起きることにした。


 父さんと母さんは2人ともまだ帰ってきていない。


 学校に行くかどうかは迷ったが、行きは9番ホームにつかないし、独りでいるよりは誰かと居たほうがいいだろうと思い、私は登校の準備をし始めた。


 問題は帰りだけど、今日は予備校に寄らずに、リカを家に呼べば、独りで帰ることもないしな。


 …………


 ……


 学校へは一番乗りでついていた。


 はあ、またひとりか……


 ……と思ったのも束の間。


 ガラガラガラ。


 教室の扉が開いた。


「おはよう、小夜」


「おはよう、リカ」


 挨拶を済ませると、リカは私の前の席に腰をかける。


「そこ、委員長の席だけど」


「委員長はまだ来てないんだからいいじゃない」


「そうだね」


「それより小夜、どうしたの? 声がつぶれてガラガラじゃない。それに、顔色も悪いようだけど……」


「リカの言う通りだった……」


「え? 何が?」


「リカの言う通り、9番線はいわくつきだったの。『うつ……うつ……と』という声も聞こえたし、私、線路に落とされそうになったの」


「またまた、昨日、脅かした仕返しに、今度はリカを脅かそうってわけ?」


 リカは茶化してくる。


「……ち……違うの、そうじゃないの。私、本当に……」


「めちゃくちゃ演技うまいね。でも、その手には乗らないんだから」


 どうやら幽霊のことは信じてくれなさそうだ。


「あ、そうだ。リカからもらったプレゼントなんだけど……」


 私が話を切り出そうとすると、ガラガラガラと後ろの扉が開く音がしたので、振り返った。


「あ、委員長」


「あら? 中田さんお一人? 話し声がしたから、誰かいると思ったのですけれど」


「いや、ここにリカがね……ほら、リカ、委員長が来たから席を……」


 ……って、いない。


 あれ?


 何処行っちゃったんだろう?


「リカさん? ああ、災難でしたわね」


「災難? 何かあったの?」


「あら? 知らなかったんですの? 昨日、駅のホームで転落して亡くなったんですわよ」


「え? 転落して亡くなった? それって未明に起きたって事件?」


「そうですわ」


 あれ?


 なんで、私、未明に起きたって知ってるの?


 私は記憶を呼び起こす。


 そうだ、リカだ。


 リカが私に教えてくれたんだ。


 ……ということは、昨日の時点でリカは既に死んでいたってこと?


 ウソでしょ……


「…………え……あ……」


 言葉が言葉にならない。


 リカが死んでいた?


 昨日の未明ということは、私がリカと会う前にリカは死んでいたということになる。


「そんな……」


 じゃあ、昨夜、私を線路に落とそうとしたのは、リカ?


『小夜、幽霊はね、いつも善良な生者の魂を狙ってるんだよ?』『私たち、ずっと友達だよね?』


 昨日のリカの言葉が頭をよぎった。


「中田さん? どうしたの? 顔が真っ青よ?」


 気持ち悪い。


 吐きそうだ。


 私の魂を求めて、あのリカが怨霊になって私を殺そうとしたってこと?


 ダメだ。


 一旦落ち着こう。


 家に帰るんだ。


 今から家に帰れば、父さんと母さんが家にいるはずだ。


「私、早退する!!」


「え? ちょっと、中田さん?」


 …………


 ……


 私は登校する生徒の波に逆らって、駅へと向かった。


 駅で電光掲示板をみて、ゾッとする。


 帰りの電車は9番線だ。


 できれば乗りたくない。


 そうだ、父さんか母さんにここまで迎えに来てもらおう……


 震える手でスマホを取り出す。


 がしゃん!!


 私はスマホを落としてしまった。


 慌ててスマホを拾う。


 ディスプレイを見ると、ヒビが入っていた。


 まさか、壊れた?


 私は電源を入れなおす。


 電源が着いた。


 よかった……と胸をなでおろした瞬間、バッテリー切れの表示。


 しまった、昨日、色々とあり過ぎて、充電してなかった……


 すぐさま電源が切れてしまう。


 そうだ、公衆電話。


 私はスマホをトートバッグに投げ入れ、近くの公衆電話から自宅へと電話をかけるが、誰も出ない。


 帰ってきていないのか、あるいは夜勤明けで疲れて眠ってしまっているのか……


 うちの電話はナンバーディスプレイがついているから、公衆電話は怪しいと思って、出ないのかもしれない。


 父さんと母さんのスマホにもかけるが、結果は同じだった。


 タクシーが目に入るが、タクシーを使うほど、お金の余裕もない。


 両親のどちらかが家にいればいいが、どちらもいなければ、お金を払う当てがない。


 9番線だけど、朝だから大丈夫だよね?


 うん、大丈夫、大丈夫。


 朝だから、ホームに私独りだけホームにいる……なんてことはないだろうし。


 私は言い聞かせながら、駅の改札口を通った。


 9番線に着くと、そこにはベビーカーを引いた女性がいた。


 後ろ姿なのでよくは見えないが、おそらくベビーカーの中には赤ちゃんもいるのだろう。


 独りじゃないから大丈夫。


 私はベンチに腰掛けた。


 昨夜の誰もいない空間が思い出される。


 でも、大丈夫。


 昨日と違って、今日は独りじゃないから。


 青い空を見上げると、急に暗雲が立ち込め、あたりが暗くなり、ぽつぽつと雨が降ったかと思ったら、突然の土砂降りになる。


 なんでこんな時に……


 ピカッと雷が光った。


 その瞬間である。


「うつ……………………うつ………………と………………うつ……………………うつ………………と」


 またあの声が聴こえた。


 なんで? なんでなの?


 私はあたりを見回した。


 人がいない。


 どこにも人が見当たらないのだ。


 さっきまでベビーカーを引いた親子づれが居たはずなのに、なんで?


 背筋がゾッとした。


 昨日の夜と違って、今は昼間なのに。


 汗が噴き出る。


 本能的に理解した。


 きっと、ここは昨夜連れてこられた、あの空間だ。


 何で?


 何で私はこの空間に居るの?


 口が渇き、体の震えが抑えられず、自分で自分の体を抱きかかえる。


「………………ないと………………ないと」


 ないと?


 ナイト……って、英語で騎士だよね?


 そういえば、チェスの駒にもナイトってあったような気がする……


 ……ということは、以前ここで変死した大学生がこの犯人?


 線路に敷き詰められている石の中に、ナイトの駒が紛れているのか?


 そのナイトの駒を探し出せば、成仏する……とか?


 いや、待て待て。


 そんな駒が落ちているならば、真っ先に警察が気付くはずだ。


 その可能性は低いはずだ。


 じゃあ、なんで、『ないと』という声が聴こえるんだ?


 ないと……ナイトって夜って意味もあったよね?


 まさか、私が夜の時のことを思い出したから?


 そうだ、そういえば、私、昨日、スマホで英語の勉強をしようとしてた。


 この幽霊は私に昨夜の続きをしようとでも言いたいのだろうか?


 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。


 このままだと、きっと私は不思議な力に殺されてしまう。


 落ち着け。


 昨日はトートバッグで不思議な力を退散させたんだ。


 今回も、このトートバッグでなんとかできるはず。


「来るなーーーーー」


 私はトートバッグを両手で振り回した。


 しかしながら、昨晩と同じように私の体は重くなり、その場に立っていられなくなる。


「何で?」


 何で昨日みたいにいかないの?


 昨日はこのトートバッグを振り回したら、元の世界に戻れたのに……


 私は昨日のようにぺたりと地面にしゃがみ込んだ。


 その後、私は宙を舞い、線路のほうへと連れていかれる。


 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 遠くから電車の音が聴こえてきた。


 まずい。


 柱にしがみつかないと。


 私は自分の体が宙に浮くのに備えて、近くの柱にしがみつく。


 しがみつくと同時に、昨夜と同じ力が全身にかかった。


 くっ。


 私は必死にしがみつくのだが、寝不足のせいか、思ったような力がでない。


 不思議な力によってあっという間に柱から手が離れてしまった。


「あっ」


 思わず声を出す。


 じょじょに線路へと近づく私の体。


 昨日は運よくこの不思議な力を振り払えたけど、今回は無理かもしれない……


 線路まであと2メートルという時だった。


「……つら…………い…………つら…………い……」


 それと同時に聞こえる声。


『……つら…………い……』って、辛いのはこっちだ。


 線路に放り出されるまで、あと1メートルもない……


 これで、私の人生も終わりなの……


 ごめん、お父さん、お母さん。


 抵抗したけど、どうやら私、死んじゃうみたい。


 諦めかけたその時だった。


「プレゼントは?」


 どこかからリカの声が聴こえた。


 プレゼント?


 私はとっさに、リカからもらった子どもっぽい猫柄の折り畳み式の手鏡を開いた。


 ピカリ。


 その折り畳み式の鏡は私の顔を映し出す。


 その瞬間、いつもの風景に包まれていた。


「元の世界に戻った……はぁはぁ」


 そうか、『うつ………………と』『………………ないと』を足すと、「うつ……ないと」。


 それに、「……つら…………い……」を足すと、「うつらないと」。


 きっと、謎の声は「うつらないと」と言っていたんだ。


 リカが言っていたじゃないか。


『私なら、全ての怪奇現象を一つに結び付けてしまう』って。


 きっと、ヒントだったんだ。


 何かに映ってさえいれば、あの不思議な力は手出しできないんだ。


「ありがとう、リカ。リカとはずっと友達だからね」


 私は小声でつぶやいた。


 小夜、気付いてくれてよかった……と、どこかで聞こえた気がした。


 …………


 ……



「ねえねえ、知ってる? この駅の9番線ホームの幽霊の噂のこと。一人でそのホームにいると、幽霊が出てきて人を線路に落とそうとするんだって。それでね、鏡とかカメラとかきちんと自分の姿を映す何かに映らないと、闇の世界に引きずり込まれて、ホームに落とされるんだって。そう、今のあなたみたいに」



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 主人公の小夜さんが一生懸命に怪奇現象を理詰めで否定しようとしているところが、うんうん、分かる!と共感してしまいました。怖いと理屈をこねたくなりますものね。 そして、リカさ…
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