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しかしアレを使う? 私が? どうやって。
いやムリムリムリ、絶対無理。……フジコに断り方、相談しよ。
フジコは高校時代からの友人だ。ちなみに「藤子」。ふ~じこちゃ~んのいわゆるフジコは「不二子」。さっそくSNSでコンタクト。
すみれ “ねえふ~じこちゃ~ん。相談があるんだけれど”
フジコ ”そのネタやめろ。どしたの? てかアタシ今絶賛仕事中なんすけどそれは”
すみれ “ごめんね~。終わったらおねがい”
フジコ ”わかった。まっててねぇ~ん。じゃあねぇ~ん”
自分でネタ使ってんじゃないの。ベッドにスマホをペッとなげた。
しばらくそのまま酒をちびちびやりながらテーブルの上に連れてきたふなちゃんと会話をしていると電話がかかってきた。ふ~じこちゃ~んからだ。
「なにそれ。そげなとムリにきまってんやなか」
一通り私が説明すると、開口一番容赦ないコメントが返ってきた。
「そうっちゃん。今までエクセルしか使うとらんとに、いきなりそれはなかよね」
「そりゃそうたい。おまけにすみれやろー? 無理無理」
「ちょっと、それどげな意味よ」
「だって『のろみちゃん』なんやけん、しょんなかろーもん」
おいちょっと。今、言ってはいけないことを言った。それ虎の尾を踏むっていうんだよ?
「アンタ、それ禁句」
名前をもじられたあだ名。野路すみれ、から『のろみ』。実際中学高校の私はのろまで冴えない女の子だった。まぁ、冴えないのは今でもだけれど。
「今でもどっかぽわわーんってしとーしね」
「は? 今声に出とった?」
「何の話?」
「あいやべつに」
良かった、心の声は漏れてなかったようだ。
「そげんことより、アンタ早う男作りー。わかっとーと? もう二十六よ?」
そりゃ藤子が二十六なら私もそう。わかってる。けれどなぜかモテる彼女と違い、私の頭上にはそういった話は降ってこない。
やっぱり地味に会社で庶務とかして、営業の男をひっかけて結婚、からの出産。
早く初孫を――なんて親は期待してるんだろうなぁ、やっぱり。
その日は結局アンタにゃ無理という以外は男を作れ、に終始した。ま、いつもと同じともいえる。帰ってきたときの高揚感はどこへやら。今日もいつもと同じようにお風呂に入ってモソモソとベッドに潜り込む。
出社する通勤路にはいわゆるタワーマンションが立ち並んでいて、そこから夫婦と幼稚園児だろうか、家族一緒に出勤、という光景をよく目にする。
パパが子供を抱っこして、ママが子供の通園かばんを持って駅に向かう。
ママは多分私と同い年くらい。眩しい光景に思わず立ち止まり、様子を眺めてしまう。
不意にママと目が合ってしまった。慌てて会釈をすると「おはようございます」とふんわりとした笑顔と共に挨拶を返してくれた。
カッと頬が熱くなる感覚に襲われた。幸せな光景を見せつけられた気がした。女としての優位を示された気がしてしまったのだ。相手は多分そんなこと、露ほど思っていないはず。わかっている。けれど、そう思わずにはいられない。そんな卑屈な自分が嫌になる。
もう再び顔を上げることなどできなかった。足早に彼らの先を進む。
今日も最悪の気分で一日が始まる。