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「いえ、そうでなく。……私に、そんなモノを調教できるのでしょうか」
素直に不安な点を言ってみる。途端に須貝の表情は柔らかくなった。意外とこの人、馬鹿正直なのかもしれない。
「その点はご心配には及びません。チサトの稼働に関しては常に弊社で監視、メンテナンスとカスタマイズを行います。お客様は普通に人に接するようにチサトと会話したり、資料を提示したりしていただくだけです」
別な資料を素早く出して身振りを交えて説明する。本当にそうなら人間、とりわけ管理職は恐ろしく楽になってしまう。というより……。
「それだけ?」
「はい。それだけで、お客様はチサトの機能を十二分にご活用することができ、本業により注力していただけるというわけです」
おどろいた。腕を組んでウインクする営業さんなんて初めてみた。
「夢のようなお話ですね」
「ノン。野路さん。夢ではありません。チサトは、それを可能にしたのです」
ちちち、と指を振る。
いちいちこの人ジェスチャーが欧米なんだよな。それになんだか宗教みたいだな。
「それにこの仕組みが本当に機能するなら、管理職は不要になりませんか?」
この言葉に須貝は破顔し、指を鳴らした。
「WoW! すばらしい、野路さん! その通りです。究極的には、チサトによって管理職を八割削減し、販管費を抑制する。それが弊社が示す本製品を用いた働き方改革の提案のうちの一つです!」
せわしなくマウスを走らせ、別な資料を出す。そこにはでかでかと「G/A」と書かれていた。
「我々はそれを、ガバナンス・オートメーションと呼んでいます」
企業統治そのものの自動化? そんなことが可能なんだろうか。
「しかし残念ながら、この手の話はマネージャー層にはすこぶる受けが悪い。とくに日本では」
プツン、と資料を閉じながら今度は愚痴りだした。どこまでいっても変わった営業さんだ。でもまぁ、今言っていることは理解できる。
「当たり前じゃないですか? 自分の首を刎ね飛ばすかもしれない仕組みを導入する経営者なんて、あまりいないと思いますけれど」
「そう。まさにそう。いいなあ、野路さん。いいですね、貴女。最高です」
まさに目をキラキラさせながら、という表現がピッタリなほど須貝は少年のように目を輝かせていた。
「……それはどうも」
すこし恥ずかしくなったので、肩をすくめておどけてみせた。
「んんっ。なのでこのセールストークは封印していたのですが……思いもかけず嗅ぎ付けられちゃったのでついつい」
「まぁ、実際使ってみないことにはわかりませんよね」
本当にお題目通り……とは思わないけれど、動かしてみないと実際評価できない。
「その通りです。まずは三十日のお試し利用をご検討いただけないですか? もちろん、費用は無料です。――ああ、違った」
「何か、別料金が」
「あいえ、ご担当者様。つまり貴女の時間が少々、必要です」
ニンマリ笑って須貝は手のひらで私をやんわりと指し示した。
ホント、いちいちキザったらしい。