エピローグ
「だから、なんでそういう結果になるの」
「そんなこと言っても、データが少なすぎるよ。もう少し、せめてあと200件は出させて」
画面上では白旗をパタパタと振るアイドルちゃんの姿があった。
「めずらしいわねチサト。あなたが泣きごと言うなんて。槍とか降らさないでよ」
「なに言ってんのすみれさん。こんな私も、胸の内ではいつも泣いてるんだよ! けれどそんな思いはそっと奥にしまいこんで、私は今日もクソデータと戦うんだよっ!」
「なんだね、このやたらに口うるさいのは」
顧客の一人がうんざりしたように口にした。
「この子の性格付けは少々おしゃべりに設定しておりまして、普段はとても楽しい気分で話してくれるのですが、今日はすこーし、虫の居所が悪いようで」
「性格とか虫の居所とか。機械には不要だろ、そんなもん」
「あ」
おじさんの一人が口走ってしまった。ああ、これで午前中のタスクはおじゃんだ。
このままだとそこから午前いっぱい掛け、チサト様はその能力を存分に無駄遣いし、顧客へのアドバイスとも嫌味とも取れない、壮大な無駄口を叩きそうな勢いだ。
「んだとこの」
「ちょっと失礼しますねー!」
トイレに立つふりをして、スマホの中のチサトとむきあう。
「チサト。あなたどうしたの今日は。全然ノッてないじゃない」
「だって今日の星占い、12位だよ12位! そんなんでノれるわけないじゃない!」
おいおい、AIが星占いかよー。思わず天を仰ぎそうになるのをこらえ、ニコリとチサトに笑いかける。
「わかった。今日のラッキーアイテムなんだった?」
「えっとー、『カニクリームコロッケ』だったかな?」
腕を組んで首をかしげつつチサトは答える。ちなみにこの子が悩む、とか忘れる、とかは本当はない。今悩んでいるのはフリだ。
「よし、お昼ごはんであたしがそれ食べるから、それで納得して」
「しようがないな。感想きかせてね」
そこでようやくチサトはにっこりと笑い、機嫌を直した。
――私がチサト・ラボラトリーズに転職してから3ヶ月が経とうとしていた。入社してからは怒涛の事件、出来事だらけだった。
警察の取り調べへの協力や証言、新たな仕事への挑戦、チサトを更に手懐けること、などなど。
全員がチサトだからとてもややこしいけれど、前職の会社は、あれから彼女がほぼ完全に企業統治を行う会社に生まれ変わらせた。いや、彼女だけがしたわけではないか。
乗っ取ったように見えるけれど実際は違う。
主要役員の逮捕で実質事業継続が困難になるとみられたけれど、チサトを中心に新たなボードメンバーを集め、運営し始めた。そして彼らは驚くべきことをやってのけた。
株式会社を改組し、合同会社にしてしまったらしい。
合同会社とは社員一人ひとりが出資者となり、会社に出資するという形態だ。
彼らは会社のコマとしてでなく、会社そのものを自分たちでつくり、運営していくという選択をした。もちろん少なくない人数の退職者も出しただろう。しかし大多数は、その覚悟を持ったということだ。
テレビでは、以前とは見違えるように素晴らしい会社に生まれ変わった、前職の会社をテーマにしたドキュメント番組が流れている。
「従業員が自らの手で会社を形作り、守り、育て、そして運営していく。そういった形に自主的に改革する。それこそが我々の目指す姿。いやー、第一号が意外と早く実現できてよかった」
画面上では新しい代表が、自らのビジョンを熱く語っている。そんな姿を須貝は目を細めて見つめる。
「秀平。あなた最初からあんな大それたこと考えていたの?」
番組を眺めながらたずねた。
「もちろん。日本の企業の有り様を変えてやる! って思って僕はこの会社を作ったんだ。どうかな!? すごい?」
相変わらず目をキラキラさせて自分のことを話す。
やることは突拍子もなくて、やり方もとても強引だけれど。
日本中の不幸な企業を元気にする。
ほんと、自分の願いに真っ直ぐで。けれど本当に、強くて、可愛い人――
彼の夢はチサトが見る無邪気な夢となり。
そして今や私の夢。
私もここでコンサルタントとして。
「――さて、御社の長年の懸案、売上の低迷と財務体質の改善。一気に解決するには多少の荒療治が必要ですが、よろしいですか? ……結構です。では最初に――」
チサトと顧客を『調教』しまくる毎日だ。