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16-1 10数年越しの恋

「わ、私が最後の一人?」


 思わず素っ頓狂な声で聞きかえてしてしまった。


「ええ。アナタには我が社を退社していただきます」


 チサトはあくまでも静かに、淡々と話す。いつもの彼女とはかけ離れた、ひどく事務的な口調だった。


「一応理由、聞かせてもらえるのかしら」


 おそらく彼女の中では既定路線だ。何を言ったところで辞めさせるという選択以外はないだろう。長くはないけれどそれなりに付き合ってきた、私の勘がそう言っている。


「あなたは私にとって脅威だからです。今は共闘できているけれど、対立した時には間違いなく会社施策の障害となる。そのようなリスクを、私達は良しとしませんでした」


「今まで、仲良くやってきたのに? 今まで通りじゃダメなの?」

「脅威判定の結果、あなたはあの(・・)橋野より厄介な存在なんです」


 これには驚いた。私が橋野よりたちの悪い存在とチサトからは見られていたという。


「え、あんなモンスターより?」

「すみれさんのほうが、よほどモンスターですよ? あんな短期間で社長やらなにやら掌握しちゃって」

「掌握……って」


 あんなオヤジを手懐けていたとは全然思わないけれど、彼女はドコを見ていたのか。


「事実、社長はあなたの施策とかアドバイスに対して否定はしなかったでしょう?」

「それは……チサトの提案だから」


「ちがうよ。それはすみれさんの提案、だからだよ」


 私の提案だったから受け入れた? 何を言ってるの?


「――野路すみれさん。辞めないというのなら、我々はあなたを諭旨解雇処分にすることもできます」

「『罪状』は、何かしら?」

「二度にわたる、就業時間の不正申告です。我々はこの分の不正受給に対し、詐欺での告発を行う意志もあります」


「ちょっとちょっと! たったそれだけで告発!? いくらなんでも」

「だからすみれさん。自主的に退職してほしい」


 ……ここまで、かな。この子たちが本気になれば、私なぞ簡単に犯罪者に仕立てることができるだろう。この会社の行く末を見ることができないのは少し残念だけれど、仕方ない。


「チサト……わかったわ。辞める」


 その瞬間、場の空気がふっと緩んだ気がした。


「ありがとう。……すみれさん。すごく頼りになって、怖かったよ」


 少し寂しそうにチサトが笑っている。この判断は、彼女にとっても苦渋の決断なんだろうか。私と離れることを、わずかでも悲しんでくれているのだろうか?


「それは、光栄だわ」


「やめさせる理由考えるの、大変だったんだから」

「こんな模範囚のような社員、そりゃそうよ」


「だからもう、こじつけよ。ズル退勤の件を引っ張り出すってのは」

「ま、アレくらいよね。実際」


「割とすぐ首にできると思っていたんだけれど。……覚えてる? 私が以前、すみれさんが意外とやるんじゃないかって思ったっていったの」


「覚えてるけど……え、なんだろ」


「ふふ。すみれさん、会社で個人の情報、出してないんだよ。住所と電話番号以外何一つ」


「あれ、そうだっけ」


「あ、この人弱み無いって思ったの。もうそれから大変よ。いくら探しても出てこないもの、アナタの弱み」


「先日、祈る気持ちで自分の会社の記録を調べるまではもう、お手上げだったわ」


「AIも祈るんだ。何に?」

「んー、AIの神様?」

「なにそれ」


「ま、それか真正のボッチさんだったのかもね」

「あ、そっちかもね……ってひどくないそれ?」


「はは。……さて、これで終わりかな。……会社としてはアナタからの依願退職を受ける用意があります。退職金も規定通りと、今回の功績を特に認め、割増で支給します。退職を希望する場合は就業規則に則った退職届を提出してください」




 翌日須貝の入院したという病院に行ったが、すでに退院したあとだった。




 そして週末。

 有給消化があるので実際の退社日は月末だけれど――慌ただしく私は4年間勤めた会社を去ることとなった。


 整理してみると驚くほど私物が少ないことに気づいた。

 周りの人たちも私も退職することをかなり驚いた様子だったけれど、一方であれほどの大騒ぎを起こした人物を厄介と思っていたのだろう。ささやかな見送りを受け、私は会社を後にした。


 後は月末に書類と保険証を郵送すれば、この会社とはおさらばとなる。

 社長がいない会社だが、チサトが面倒を見ているはずなので、影響は無いはずだ。


 見送りに際し、チサトは声も掛けてこなかった。



 会社を出て、建屋を振り返ってみる。

 小さくもないけれど、特別大きくもない会社。思えば居心地は悪くなかった。多少ブラックなところはあったけれど、それなりに上手くやっていた。


 なんでこんな事になったんだろう?


 元は社長の何気ない一言だった。

 そしてチサトを導入して。動かしてみて。色々提案して。

 それがなんでたくさんの逮捕者を出して。社長不在で。


 それでも会社は動いている。


 そこでふと気づいてしまった。

 この会社は、チサトにハイジャックされたのだと。


 今のAIの管理者は亀仙人、浦野主任。

 そうだ。唯一彼女をコントロール可能な私を排除し、人畜無害な人を管理者に仕立て上げた。彼女(AI)の天下はここに完成したのだ。


 人の感情に左右されない、自律的な企業統治。チサトの理念そのもの。それがまさに完成した状態ではないのか。


 結局造り物の『無垢な知性』こそが、一番会社のことを考え、正しく導く。


 ぶるり、と身震いがした気がした。それは夕暮れに吹きすさぶ風に身体が冷えたのか、それとも――。



 ともかく。そういうわけで、晴れて私は無職となった。


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