15-3
それからの会場は大変だった。
社長以下役員は不在、腹心は現行犯逮捕され連れて行かれ、部外者は怪我をして救急搬送。
女三人は金切り声を上げて喧嘩の真っ最中。
社員からは説明を求める声が多数おしよせる。
私も泣きたい。
須貝は大丈夫だろうか。私をかばって怪我をした。
「すみれさん」
血があんなに流れて。もし何かあったら。
「すみれさん!」
「はいっ! ……ち、チサト?」
スマホからチサトが必死に呼びかけてくれていた。
「すみれさん、今この状況をまとめられるのはすみれさんだけだよ。代表がああなって大変だけれど頑張って」
「無理だよぉ! 秀平さん、あんな血が出てて、死んじゃったらどうしよう」
「すみれさん!」
「わたしの、わたしのせいだよぉ、私をかばって、秀平さん、やだあぁ」
「代表は大丈夫だから、気をしっかり持って!」
「でもでも、秀平さん、私のせいで」
「さっき病院についたから大丈夫だよ。ほら! とにかくスマホ耳に当ててこれ聞いて!」
そう言ってスマホの音を聞けという。耳を当てると「ドクン、ドクン、ドクン」と規則正しい音が流れる。
「これ……」
優しい音。落ち着く音……。途端に気持ちが落ち着いた。
「代表の心音だよ。普段から代表は身体にセンサーを貼り付けていて、ブレスレットとスマホを通して私達がモニターしてるの。今のところ脳波や血圧にも異常は無いから、心配しないで」
「ホント? 秀平さん、大丈夫?」
「大丈夫。だから、すみれさんは事態の収束を、急いで!」
いつの間にか涙を流していたけれど、いまは泣いている場合じゃない。ここでなんとかできるのはもう、私だけ。
この戦いを始めたのは私自身。なら、終わらせるのも、私の仕事。
演台に進み、マイクを手にとった。まずは深く深呼吸。ざわつく会場にむかって、できる限り落ち着いた声で。
「――お集まりの従業員のみなさん。お静かに。経理部の野路すみれです。聞いてください。最初から事態の説明をいたします。まず最初に――」
その日は会場の沈静化と状況説明、それが終われば警察の現場検証に調書作成と、あっという間に時が過ぎた。
今回の一連の騒動、逮捕者続出の結果となった。無理もない、それだけこの会社の中では違法行為が蔓延していたということだ。
まずは社長。
当初価値が著しく落ちた株を子会社に額面で購入させ、多額の損害を与えた容疑で任意同行されていったけれど、その後の調べで現金なども不正に流用していたという、別の容疑も発覚したとのことで、実刑は免れないだろうというのが大方の見立てだ。
次に岡林。
見積もりの基礎データなどを改ざんして会社に損害を与えたということで取調べ中とのこと。ただし橋野に結婚をちらつかされ、騙された上での犯行という点が情状酌量の余地があるとみなされ、執行猶予付き、もしくは不起訴となるのではということだ。本人も十分反省しているので、ぜひそうあってほしい。
中倉は、私に対しての暴行未遂。ホントは肝っ玉の小さい男なようで、拘置所で毎晩泣いているそうだ。私からは刑罰を望んでいないことを伝えている。けれど少し頭を冷やしてほしいと。
裁判が始まるまでに示談に応じてあげようと思ってるけれど、弁護士さんからはギリギリまで粘って反省させるべきと言われている。
川下は中倉に対しての教唆を問われるだろうけれど、彼女も岡林と同じく橋野に騙された口で、ひどく反省しているという。同様に刑罰を私が望んでいないので、不起訴になる見込みとのことだ。
堀池は横領などの罪が明確なので厳しい面もあるけれど、彼女もまた騙された身。その点を警察にも話した。理解してもらえたと思うけれど、なにぶん額面が多いので今後の行方次第だとのこと。執行猶予がつけばいいと願っている。
最後に橋野。
こいつには数々の罪状が付いている。
先に話した全員分の教唆、横領、後は須貝への傷害の現行犯。さすがの私も、こいつには憐憫の情は少しも感じない。実刑は確実で、併合されより罪が重くなるだろうとのことだった。
自己中心的で他人を食い物にすることにためらいを微塵も感じさせない犯行に、情状酌量の余地はなさそうだという。
ただ幼い頃に母親に捨てられ、女性に対し強い不信をもつことになってしまった彼の生い立ちには、わずかながら同情してしまう。
夕方には社長たちと面談、解任を了承させた帰り道。チサトが話しかけてきた。
「代表、怪我の程度は大したことないみたい。頭皮の裂傷が大きくて少しばかり血が出たけれど、骨や脳には異常無いみたい。今夜一晩様子をみるため入院するようだけれど、しばらくしたら意識も戻るだろうって」
「そう……良かった。どこの病院だっけ、すぐに行かなきゃ」
須貝の様子を見に行くため、チサトに病院を確認するけれど、
「あっ、その前に、会社のことを終わらせないと」
そんな私をチサトが制する。
「え? だってもう」
「ううん、最後の一人の処分がまだだよ」
「最後? アレで全員じゃ」
「最後の一人は……野路すみれさん、あなたです」