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「え? おかしいですね……昨夜メールでお伝えしていたはずなのですが……」
その直後、メール着信の通知がきた。
「あら? 今来ましたねー。電子メールの調子でもわるいのかな?」
「な、ななな……」
あれ、絶対チサトが送信保留してたな。
「さて、では説明に入ります」
チサトの背景にパワーポイントのスライドが表示された。
「わが社には伝統的にパワハラについて寛容な風土が醸成されていました。いわゆる体育会系のノリ、ってやつです。好きな人も居るにはいますが、大抵は嫌いです」
「ここ数日前にもちょっとした事件がありました。女性社員を個室に監禁して暴行を働くという蛮行です。すでにパワハラの域を超えてはいますね」
ここでチサトは1つ目の爆弾を投下する。
会場に音声が流れ出した。
「好きだから、だから」
「え、ちょっとこまります」
「”ピー” ちゃん」
「や、人を呼びま……きゃっ」
「やめ、てください……!」
「そんなこと言って、二人っきりでこんなところに来て、何も無いわけないでしょ」
「観念しなよ。どうせアンタもそのつもりで付いてきたんだろ」
氏名はふせられているが、この声を聞いたら誰と誰なのか、実際どのようなシチュエーションだったのか、手に取るようにわかる。実際会場内はにわかにざわついた。
「わが社は今後このような蛮行をおこす社員を決して看過いたしません。本件についての証拠品はすでに然るべき機関に提出を行っており、被害者本人も被害届を提出済みでございます。被害者の方に置かれましては、わが社の監督不行き届きにより、ご心労、ご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます」
「……茶番だ!」
中倉が叫んで立ち上がろうとしたが、周りの社員に押さえつけられた。
「加害者本人には、追って然るべき処分がなされることとなります」
中原は何やら叫んでいたが、そのまま会場の外につまみ出された。隣の従業員が私をチラチラとみる。
「酷いこと、されたのかい」
「されそうになって逃げたんです。そしたら今度はあの人にストーカーめいたことされててホント困ってたんです。よかった」
「そうだったの。大変だったねぇ」
私の周りでほっこりした空気が流れ出した。おじさん、おばさん中心に可愛そうだったねぇと同情の声が広がる。不覚にも泣きそうになった。
「いい人も、多いみたいじゃないですか」
須貝がヒソヒソと話しかけてきた。
「ええ、まぁ」
私は曖昧な返事にとどまった。そうだ。クズみたいな奴が多いのと同じくらいに、良い社員もたくさんいる。私が冷酷になれない理由がそこにある。
「続きまして文書の取り扱いについてです。わが社は文書や内規の取り扱いについて、ルーズな運用を続けており、作業標準も無いまま今日にいたり品質や納期問題を引き起こしております。今後深刻な問題を起こす前に、抜本的に文書管理のあり方、標準のあり方について基準を定めることを約束します」
そして別のスライドが表示される。
「これは最近問題となっている、見積金額と作業工数の乖離についての調査結果です。ごらんのように見積金額が、実際必要とされる原価を大きく下回っていることがわかります。これはAIが提示した見積金額ですが、実はAIに学習用として準備されたデータそのものが不当に書き換えられていたという事実が判明しました」
「これには少なくとも二名の従業員が関与していることが判明しており、こちらも会社として被害届けを提出した処でございます。こちらに関しても関係者について、然るべき処分がなされることとなります。なお、AIの学習用データはその後正しいものに戻されたため、今後の見積作成に影響はありません」
この辺りから、なにやら不穏な雰囲気を感じ取った従業員がサワサワと周りの社員たちとはなす様子が見て取れる。
「あれ、AIがバカだったって話じゃないんだねぇ」
「ええ、学習用のデータそのものが改ざんされていたらしくって」
「アレが原因ですみれちゃん、仕事外されたんだろ? 悪いことする子も居るもんだねぇ」
チサトは説明を続けていく。
「――わが社の構造的もろさは財務体質にもありました。売上高に対しての販管費の比率が同業他社にくらべ非常に高い。これはまさに会社にとっての足かせと言ってもいいのです。さて、今回のプランではこの販管費のスリム化についても検討を行いました」
そして一呼吸置いてチサトは3つ目の爆弾を投下する。
「販管費を削減する対策として、リストラを実施します」
会場がひときわざわついた。




