14-2
次に岡林を呼び出した。
私に呼ばれたことがそんなに恐ろしいことだったのか。何度も「なんのよう?」と繰り返している。
「岡林さん。私が呼び出した理由、本当にわかりませんか?」
「えっ、えっ。な、なにかな? またいっぱい作業頼まれたり……とか?」
「いいえ。作業ではありません。アナタの私文書の偽造についてです」
「私文書の……偽造? わ、私が!? そ、そんなことしてないよ!」
「しっかりしてますよ? しかも大量に」
そう言って見積もり算定資料の一部を見せた。もちろん、彼女が改変済みのものだ。資料を見た瞬間、彼女が息を飲む気配がした。
「改変した自覚、ありますよね?」
「……」
「あなた、自分がした事は理解してますか?」
岡林はしばらく目を見開いていたけれど、一度目を閉じ静かにため息を付いた。
次に開かれた目は普段の小動物のそれとはかけ離れ、油断ならない狐のようなそれに変わっていた。
「はぁ~あ。ああもう、変えたよ、書き換えました! これで満足なの、アンタ」
そう一気に言い切ると、ギラリとした目で私をにらみつけてくる。
「満足とかそういう」
「んじゃなんなの? いちいちうるさいな、そういうところなのよ。私がアンタにムカつくところ」
私の言葉にかぶせるように言い放つと髪の毛をうっとうしそうに一度かきあげ、大きくため息をついた。
「冴えないブサイク女だったからたまに優しくしてやってたけど、なに? ちょっとイメチェンしたら男にモテまくって、今じゃつまみ食いし放題ってですか? 冗談じゃないわ、このクソビッチ」
私に向けて手で払いのけるような仕草をしながら口汚く罵る。
「社長なんかにも取り入って甘い汁すおうとしたのかもしれないけれど、橋野さんに阻止されて残念だったわね!」
「ちょっとまってください。言ってることが誤解だらけです」
「何いってんの。橋野さんに全部聞いたんだから! それに私のことも影でバカにしていたって!」
手をぶんぶん振りながら必死に反論する岡林。
「橋野さんに何を聞いたのか知りませんが、今おっしゃった内容はデタラメもいいところです。私を困らそうとしたのかわかりませんが、文章を書き換えられても私は困りませんよ? 橋野さんは得をしたようですけれど。それにアナタをバカにした? それこそ馬鹿らしい。意味がありません」
「うそようそ! 橋野さんが嘘つくわけない!!」
「まず私は男性とお付き合いしていません。それは中倉さんが根も葉もない嘘をついて流しているだけです。逆に私は個室であの人に襲われそうになりました。それに社長に取り入ろうともしていません。無理難題は押し付けられましたが。最後に、橋野さんは悪行を止めるのではなく、私たちが得た知識と成果を横取りするために皆さんを扇動しています。今のこの状況こそがその成果です」
「そんなこと言って、騙されないからね!」
「ちょっとおちついて。こんなことを吹聴してアナタに不正を働かせるって、どう考えてもマトモな依頼じゃないって、少し考えたらわかるでしょう?」
「うるさい、うるさい! だってあんなに親身になって、すごく優しくしてくれたあの人が、嘘をつくはず、ない……!」
「それにアナタがやっことは実際に犯罪にあたる可能性が高い。見積もりが不当廉売に当たるとされればそちらも罪を問われるかも。……じきに然るべき処から調べが入るわ」
「そ、そんなこといったって。……わ、私はあのひとに頼まれただけで」
「依頼を受けただけといっても罪は変わらない。自分がやったことを素直に悔いて、反省してほしいの。そのためのお手伝いを惜しむつもりはないわ」
「どういうこと?」
「橋野さんが計画し、アナタに実行させたということを話してほしいの。私はアナタが騙されていたって証言してあげる」
「うそうそうそ! そうやってまた私を騙してバカにするつもりなんだ! アンタの嘘なんかこれっぽっちも怖くないんだから! アンタなんか死んじゃえ!」
それだけ言い捨てて岡林は部屋を出ていった。
「……死を願われてしまった」
「まぁ、橋野さんが依頼したという言質はとったから、目的は達成じゃないかな?」
「そうね。……残念だけれど」
さっきまで彼女が座っていた椅子をぼんやり眺めながらつぶやく。面と向かって死ねと言われたのは初めてかもしれない。地味に堪える。