14-1 さあ、ゴングを鳴らすのは誰?
私は電話を掛け、会議室に堀池 智恵を呼び出した。
社長と橋野の二股状態の彼女は、私の言葉であっさりと罪を認めた。
「呼び出されたとき、覚悟はしたわ。あのAIの前じゃ、隠し事なんてできそうもないし」
潮時ね、とどこか憑き物が落ちたように一度ため息をつき、微笑んだ。
「もう会社からお金を引っ張るのも限界が見えてきていて、そろそろマズイと思っていたの」
「けど橋野さんの求めにはさからえなかった」
私の言葉に堀池は頷いた。
「最初は社長からのお小遣いでなんとかなっていたわ。けれどだんだん額が大きくなってきて、お小遣いだけじゃ足りなくなってきてね。で、目の前にはお金があるじゃない。……つい」
「着服してしまった?」
堀池はうなだれるようにひとつ、頷いた。そして軽くため息をつきながら髪をかきあげる。
「ええ。ダメなことはわかっていたわ。でもどうしようもなかった。一度タガが外れてしまったらもう、後は転げ落ちるように」
橋野には他には何を要求されていたのかを尋ねると、社長の弱みを調べるように言われていたようだった。
「けれどあの人意外と慎重派で。したくもない夜も共にして。それこそ二年位つきあったけれど、それでも追い落とせるような材料なんて見当たらなかったわ」
そこまで一気に話すと、またため息をついて微笑んだ。心の重りがやっとおろせた。そんなかんじの表情だった。
「でも私の実情もよくわかったわね。……さすがは『調教師』さん」
「『調教師』?」
意外な単語におもわず聞き返した。
「あら、周りではアナタのこと、みんなそう呼んでるわ。AIだけじゃなく、社長や他の社員を手懐ける、猛獣使い。調教師だって」
私の反応を楽しむように、歌うように堀池が語る。人のことを猛獣使いって。猛獣というより妖怪のたぐいでしょ。
「とんだ皮肉ですね……ところで、アナタは橋野さんを」
堀池は遠くを見るように目を細めた。
「そうね、愛している……ううん、今はもうわからない。なんでこんなことを続けていたのか、今となってはもう」
「利用しつくされて、疲れちゃいましたか」
「かもしれないわね……さて。私を警察に突き出すのかしら」
小首をかしげる表情に一切の迷いなど無い。本当に観念しているようだった。
私は肩をすくめてつづけた。
「それは私の仕事ではない、かな。それより協力いただけたら、アナタの弁護側で証言してもいいと思っています」
堀池が探るような目で私を見る。
「……何をお望みかしら?」
私は喉元をかききるジェスチャーをしながら、
「橋野さんには退場してもらいます。そのための証言をお願いします」
堀池に要求を伝える。
「ま、でしょうね。でも私が協力しないって言うかもしれなかったのに」
予想された答えだったようで、特段驚いた様子も見せない。腕を組んで微笑むだけだ。
「なのであらかじめ橋野さんへの気持ちを確認したんですよ。多少強い口調ででも協力頂く必要がありますから」
「……どうしてそこまで? この件に首を突っ込む理由はそうないでしょ」
頬に手を添え、首をかしげる。
「そうですね……強いて言えば、会社のため、ですかね?」
「嘘おっしゃい。全然そんなつもり無いように見えるわよ」
「あはは、やっぱバレますか。……今回の一連のこと、平たく言えば憂さ晴らしです」
「えっ? 憂さ晴らし……嘘でしょ?」
「いいえ、本当です。ムカつく奴らばっかりなんで、社会的にギャフンといわせようとおもっていたら、思いのほか脛に傷を持つ方だらけだったという」
「ふふ、気に入ったわ。じゃあ、わたしは何をすればいいのかしら?」
「ありがとうございます。じゃ、まずはもう一度最初から聞かせてください――」