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チサトの新たな全社的な提案、というのは驚くほどあっさりと受け入れられた。その様子からも、見積書などの不具合も実際チサトを排除する理由とはなっていないようだ。つまり……。
「つまり、すみれさんを排除することが、目的だったと考えるのが自然だよね」
表向きはマクロをちまちま作っているように見せかけ、スマホと骨伝導スピーカーでチサトと会話する。
あの日以来パタリと相談は止んだ。ときおり飲み会の誘いなどがSNSで飛んでくるが、どう見ても下心見え見えの誘いばかり。
最初は一件一件丁寧に断りを書いていたが、次第に面倒になってきたため、もう定型文をコピペして送り返すことにした。
そんな感じで男性社員は互いに牽制して声を掛けてくる様子はない。
女性社員には川下がSNSで排除の協力を依頼しているようだった。その影響か、女性からも声が掛かることがない。もっともそんな手間を掛けなくても、中倉の無いこと無いことの噂の効力は抜群だった。
そんなわけで、私は無事社内ボッチの地位を再び確立してしまったわけだ。
まぁ、調べ物が捗っていいけれど。
川下用の証拠固めはこれで充分だろう。本人が派手に動いてくれるので、手間は省けてありがたい。中倉は全力で手が後ろに回る勢いで余罪があるのでいい。
「社長と橋野は、どう?」
「社長はもう、黒寄りの真っ黒だよ。子会社へ個人資産の株式を売却してるけど、二年ちょっとかけて80%程の評価損を出してる。売却時の時価を調べる必要があるけど、たぶん背任か横領で刑事罰を問えるよ。代表がチサト・ラボラトリーズの弁護士と相談してる。他にもまだまだあるんだよ。聞きたいでしょ」
チサトによると、先ほどの株券の話に飽き足らず、社長は様々な形で会社にお金を不正に出させている。
息子の自家用車にはじまり架空発注やら取引先へ水増し請求をさせキックバック、果てはペットのドッグフードまでまさにやりたい放題。
「私物化にも程があるね」
チサトは憤慨しながら説明をしてくれた。
しかしこれだけの内容、通常の調査では相当な期間、地道な内偵を進める必要があったろう。それをこれだけの短期間で、しかもかなりの核心と思われる部分まで調べ上げたチサトの能力。これは一企業の改善にとどまらず全く別の活用ができるものと想像できる。
むろんそれは悪用する方向にも。
この圧倒的な調査分析力をもし悪い方に使おうと考える連中が現れた時。
あらかじめその善悪はどのように『調教』すべきなのだろう。
「それと唐突だけれど、堀池 智恵って女性社員、知ってる?」
思索の水底に沈みかけていた私を、チサトがひょいとすくい上げた。
「あ、うん? ……たしか経理のひと。あまり目立たないね」
「その人の名前がときおり社長と橋野のログに出てくるの。で、この人、特徴的な休み方するんだー。年休消化率もここ二年は驚異の100%」
「100%! ……どういうこと?」
「んー、週の中二日休んだりするんだけれど……これが社長の出張日程とピタリ被るんだよね。社長の期間が四日以上の出張との合致率は90%。これはもう」
「愛人さん、ってやつ?」
「堀池は出張扱いではないから、出張データとして残ってないんだけれど、個人支払いの経費の精算履歴にばっちり残ってる。社長が宿泊したのとおなじホテル。なんで毎回、おなじ場所に出張するのに、同行しないのか? ……これ控えめに考えても追っかけとかじゃなさそうだよね」
「そっちは出張でないのに個人精算をしている線から攻めればゲロしそうだね。よし」
「まだ確証はないけれどね。……で、今度は土日とくっつけて取ってる休み。こちらは100%合致している人がいて」
「それが、まさか」
「そ。そのまさか。橋野と一緒」
うわぁ、と声が出た。
「こっちのお二人さんの方はSNSにも記録が結構残っていてね。もっとも、主に堀池さん側からだけれど。で、橋野はどうも堀池からお金を引っ張ってるみたいで」
「それはひどい」
「堀池も経理だから結構融通はきく方だけれど、さすがにそろそろごまかせないところじゃないかな。私に見つかっている時点でアウトだけれどね!」
「それは浦野さんを取り込もうか」
「ああ、あのオジサン。いいね、経理ソフトで精算書つくってるから気づいているはず。いわゆる司法取引だね」




