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片づけをしながら、ぼんやり仕事のことを考えてみる。ふなちゃんの事を考えると、また泣いてしまうだろうから。黙々と手を動かしつつ、最近の会社での出来事を思い浮かべる。
思えば妙なことを始めさせられたものだ。きっかけは社長が読んでいた新聞の、おそらく飛ばし記事。社長自身もまさかここまで大化けするとは思っていなかったに違いない。
だからこそ、社長は最初、橋野にさせなかったのかもしれない。可愛い可愛いお気に入りには、芽が出るかわからない仕事は決してさせないのだ。
けれど状況が変わった。
思っていたよりはるかに大きい成果が出てしまったのだ。嬉しい誤算という奴だろう。そうなってくるとその辺のただの女性社員より、お気に入りに花を持たせたくもなるというのが人情だ。
でもこんな露骨なやり方、他の女性社員が黙っていないと思うけれど。けれど他の女性社員と特段仲がいいわけでもなく、カースト上位というわけでもない私なぞ、見て見ぬふりをしたところで、だれも気に留めない存在なのかも。
もっとも女性社員同士、そんなときに抗議の声を上げてやりたくなるような仲のひとたちがいるのか? と言われても誰も自信を持って答えることは出来ないだろう。
皆自分の身がカワイイ。そしてその身を守る程度のコミュニティが維持できていればいい。
そう考えるのが自然だし、実際そうだろう。
そんな中において、私はいったい何のためにこの仕事を引き受けたのだろう。もちろん断れる類のものではなかったことは、私の置かれた状況やその後の様子をみて疑う者はいないだろうけれど。
会社のため? ――いいえ。出世のため? ――こんな会社で?
しいて言うなら、自分のため。自分がちょっとばかし虫の居所が悪かったのを、憂さを晴らすかのように始めたのがきっかけだ。
でも自分の役に立ったのか? と言われれば、もしかしたら少しは役に立ったかもしれない。自身のキャリア形成のため、なんていったら恰好いいけれど、この会社を離れることになっても、今回の経験は決して無駄にはならないという確信にも似た自信がある。
あと自分には何が出来るのか、何をすべきなのか。
この腐った会社を立て直すことが、本当に自分の仕事なんだろうか。
少し、考えてみたくなった。
それからしばらくしてフジコがやってきた。
来て早々、彼女は私を抱きしめてくれた。不覚にも、またちょっぴり涙がでてしまった。
「大丈夫?」
私がコクリと頷くと、少し悲しそうな笑顔で私の髪の毛をくしゃくしゃとなでくりまわした。そしてもう一度ギュッとハグ。
「ね、ふなちゃんはどこかな」
手芸用の綿があったので、それに包むようにしていたふなちゃんを指さす。
「コイツに十年も付き合ってくれて、ありがとな」
「なにそれ、ひどくない」
「この子がいなかったら、すみれは大変だったろうなって」
「そ、そんなこと、今……う、ううー!!」
また泣き出してしまった私を責めるでもバカにするでもなく、フジコは私が泣き止むまでずっと胸を貸してくれていた。
「ん……ありがとフジコ」
ゆっくり離れて机の上の、本日大活躍の涙拭きタオルを引き寄せた。
「ま、アタシが泣かせちゃったってのもあるし? いやー、罪な女だわアタシも」
「ふふ、バカ」
頭をかいて照れたふりをするフジコに、目頭を押さえながら文句を言ってやった。
「もう十年か。金魚ってそれくらいは生きるんだってね。さっきネットで知ったよ」
「ホント急だった。昨日まで元気に泳ぎ回っていて。……私が構う時間が減ったから」
「え、いや、そんなことはないだろう」
「いや、きっとそう。だってあんなに元気だったのに。私が殺したんだ」
「それはさすがに考えすぎじゃないかな」
「そう……なのかしら」
「そうだよ。今回、ふなちゃんは残念だったけれどさ。あんた、他にも悩み、あるでしょ」




