12-3
赤い出目金は夜店でもらった。金魚すくいの金魚だった。
実家の近所にある神社の縁日に親戚の子供を連れて行ったとき、金魚すくいをしたいとせがまれた。軽い気持ちで私もやってみたけれどちっともすくえない。親戚の子は数匹すくえているようだった。まぁこんなものかと諦めて立った時、「残念だったね。カワイイおねえさんにはこれ。サービスだよ」と渡されたのが一匹の赤い出目金。それがふなちゃんだった。
目の高さまで持ち上げてみた。
透明なビニール袋の中でゆらゆらひれを揺らしていた金魚は、白熱灯の明かりを細かい鱗がキラキラと反射して、全身にラメをちりばめたように、それはとても綺麗だった。
「あなた、すごくきれいね」
思わず口に出してしまい、口を押さえ辺りを見回した。幸い誰にも気付かれなかったようだった。
母には「いい年して」とバカにされた。誰が世話するのよと言いだしたものだから、自分が世話をするわよ、と口をついて出た。ひとりで生き物を飼ったことない癖にと付け加えられた一言が、私のちっぽけなプライドに火がついたのもてつだったかもしれない。
こうしてふなちゃんは私の下にやってきた。高校二年のときだった。
当時家で飼っていた猫や、酔っぱらった父から守るのは苦労した。辛いこと、苦しいこと、楽しかったこと、うれしかったこと。全部ふなちゃんに話した。
大学進学、就職へと、ふなちゃんはいつも一緒だった。
この十年。私の事をすべて聞いてくれていた一番の親友。
そんなふなちゃんが、死んでしまった。
きっと私のせいだ。お世話をさぼっちゃったから。エサをあげすぎちゃったから。暑い日に窓際に置きっぱなしで仕事に出ちゃったから。
……ううんちがう。たぶん私が今まで掛けていた愛情を、いつしかふなちゃんに注がなくなったから。
だからふなちゃんは、もっと自分をかわいがってくれる人の下に行ってしまったんだ。
だからこれは、私のせい。
フジコに『ふなちゃん☆になっちゃった』って送ったら、『まじか見送り会すんべ』ってすぐ返事が帰ってきたのがすこしだけ、嬉しかった。
ぼうっと座っているとしばらくして電話がなった。須貝からだった。
「チサトから聞きました。……その。うちの子の予想が、結構外れたらしいですね」
言葉を選んで話してくれている。その気遣いが感じられた。
「ええ。……でもごめんなさい、ちょっと今そういう話しできる状態でなくて」
「? 何か、あったんですか?」
「飼ってたペットが死んじゃって。すこし……ごめんなさい」
「そうでしたか……それは残念なことです。では日を改めて。力になります。何かあったらまた、連絡ください」
須貝の優しさは痛いほど伝わった。だからこそ今、縋ってしまってはいけないと思う。
もう一度ごめんなさい、といって電話を切る。
急にいろんな感情が溢れてきた。とても抑えることができそうになかった。
そのまま膝を抱えて、クッションに顔をうずめて大声で泣いた。
どれくらい泣いていたのだろうか。そのまま眠っていたらしく、気付けば夕暮れを過ぎ、夜の気配が忍び寄ってきていた。
ふなちゃんも、もしかしてただ眠っているだけだったのかもしれない。かすかな希望を胸に部屋のあかりを灯す。
当たり前だけれど、キセキは起きなかった。再び流れてきた涙をぬぐい、ふなちゃんの片づけを始めた。