12-2
「すみれさん。私、そんなに間違ってないはずだけれど」
「もちろんよ、ヒドイ言いがかりだわ」
チサトは私のスマホの中で憤慨していた。先日須貝にインストールしてもらったものだ。
公式アプリでないため、チサト・ラボラトリーズの者しかインストール作業ができないという。
チサトのアプリがインストールされているPCは先ほど橋野の部下に回収されてしまった。代わりにあるのはずいぶん新しいのだけれどオフィス製品しかインストールされていないもので、今度はアプリのインストールに管理者の許可が必要になっている。
橋野は私に、AIをさわらせたくないようだった。
「どのみち私の管理者はすみれさんのままだから、ほとんど何もできないんだけれどね」
一般の権限が弱すぎるのか、私のが強すぎるのか。今は論じないでおこう。
「須貝さんに、スマホ用をインストールしてもらっててよかった」
「ホントだねー。ねぇ、橋野さんってひと、さっきからあれこれ命令してきて感じ悪いんだけど!」
「へぇ、何言ってくるの?」
「例えばねー、すみれさんが今まで何やってきたかって。後は……色んな人の情報をそれこそ手あたり次第に」
「え、私が何してきたか?」
「どうやって成果を出してきたかを知りたいみたいだよ。でも私、あの人嫌いだからおバカな子を演じてたら、すっごくイライラしてて面白いの」
そしてチサトはケタケタ笑った。
「あの人イライラすることあるんだ」
「他人相手だったらそうでもないんじゃないかな? あのタイプは奥さん大変なやつだよ」
あー、わかるー。
「ところでこれからどうする? なんだかうまいこと成果持っていかれそうな雰囲気だけれど」
「うん……なんだか疲れちゃったから、別にいいかな……」
「ええ、そうなの? なんだかもったいないって思うけれど」
ちがうよチサト。
何がもったいないって、会社のために身を粉にして働いていた時間だよ。
「今日はもう、午後から休むね」
「あ……うん。わかった」
経理の課長は理由も聞かず年休申請を許可してくれた。態度が全てを物語っている。まるで腫れ物あつかいだ。
帰り際、タイムカードを打刻しようとした時背後から声がかかった。
「お、野路さん、おつかれさまでーす!」
その声に振り向くと、わかっていたけれど、奴だった。
「いやー、なんか噂になってるね。俺なんか、相手してくれてうれしかったー! くらいしか言ってないんだけれどねー?」
「あなた、なんで」
「おー、かわいい子が全力で睨んでくるの、たまんねぇな。超かわいいー!」
「……」
私が睨みつけようがコイツはどこ吹く風。
「……なぁ、俺と付き合えよ。そしたら噂は嘘でした、って回してやっからさ」
「あなたと付き合うくらいなら、死んだ方がましだわ」
「へっ。いつまでもその強気が続くか見物だぜ。気が変わったら連絡してよ。かわいがってやるからさ」
その瞬間、思わず彼の頬をはたいていた。
「……最低」
「おーいて。気の強い女は嫌いじゃないんだ。んでその鼻っ柱をへし折られて、俺に泣いて縋る姿を見るのがたまんねぇ。さ、はやくお前もみせてくれよ」
「誰が、あなたなんかに。そんな姿、見せるもんですか」
「それかもっとはずかしくなるような噂がよかったか?」
「……! 失礼します!」
重い体を引きずるようにして帰ってきた私をあざ笑うかのように、物事はすすんでいく。世界は全て自分の敵ではないのか。そう思えるほどに、今日は最悪の日だと思う。
「ただいまー。もう聞いてよふなちゃん、ムカつく男がさー、私をわな……に……?」
ふなちゃんは金魚鉢の中で横倒しになり、水面に浮かんでいた。




