11-5
部屋は掘りごたつになっていて、机の周りにぐるり5,6人入れるような部屋だった。
店員さんが料理などを運んでふすまを閉じると、一段声が通らなくなる。
飲み始めてしばらくは会社の他愛ない話がつづいた。会社の誰それと誰が付き合っているとか、上司のなんとかがウザイとか。
雰囲気が変わったのは、チサトの話になってからだ。
「――しかし野路さん、変わったよね」
「え?」
「AI? の仕事をしだしてから、どんどん変わった。最初はホント冴えない子だなーっておもってたけど」
頬をかきながらヘラっと笑った。
「ひどいですね」
「いや、ホントひどかったよ。今は見違えたようだもんね、俺、見る目無かったなーって」
「営業の人ってお世辞もうまいですよねー」
「お世辞なんかじゃないって」
そしてズイッとこちらに回り込み、近づいてくる。
「……な、なんです?」
「俺、すみれちゃんのこと、本気だから」
ぐぐっと近づいてくるので、私はジリジリと反対に逃げる。
「どういうことです」
「好きだから、だから」
そして私の肩に手をおいてきた。
「え、ちょっとこまります」
「すみれちゃん」
「や、人を呼びま……きゃっ」
そのまま押し倒されてしまった。逃れようにも両肩を押さえつけられてるので身動きが取れない。
「やめ、てください……!」
「そんなこと言って、二人っきりでこんなところに来て、何も無いわけないでしょ」
そう言って彼は顔を近づけてくる。最初、手で彼の胸を押しのけるようにして抵抗していたけれど、両手を片方の手で一度に押さえつけられてしまった。そむけていた顔も空いている手で無理やり正面を向けられた。
「観念しなよ。どうせアンタもそのつもりで付いてきたんだろ」
その言葉に思わず目を見開いた。目の前にはいやらしいパワハラ野郎の脂ぎった顔。下品な笑みを浮かべながらゆっくり近づいてくる。涙で視界が滲んできた。
叫ばないと。けれど身体がすくんで、声が、でない。
「失礼しまー……お客様。そういうことは困るんですが」
そんなとき、スラッと開いた障子の方向から、咎める口調で店員が声を掛けてきた。
「ああ? っち、はいはい」
ようやく私は開放された。彼の下からするりと抜け出して服を整える。途端に全身に震えがきた。店員さんの「大丈夫ですか?」の声掛けに、はい、とかろうじて答えられた。
「帰ります……」
それだけなんとか口にして、文字通り逃げるように店を後にした。
翌日。昨夜の件は会社じゅうの話題になっているようだった。周りでサワサワと、私を盗み見ては話す声が漏れ聞こえてくる。
「すみれさんって『びっち』だったの?」
「……そんなわけないの、わかってるよね」
「だから気をつけろって言ったのに」
「そうだね……ごめん」
小一時間して、社長から呼び出しがあった。
「今後の業務について」
嵐が近づいてきたことは、容易に想像できた。




