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11-4

「ん? どうしたのすみれさん、なんか元気ない」


 チサトがトイレから戻った私に対し、目ざとく指摘する。ホント優秀だ。


「ん? なにもないよ?」

「そう? ならいいんだけれど」


 なるべくなら今日はもう、誰とも話さずに帰りたい。けれどそう思っているときに限って面倒なお客はくるものだ。


「おつかれさま、野路さ……っと野路係長!」

 話す途中で急に姿勢をただす姿は真面目を通り越して滑稽だ。


「別に今まで通りさん付けでいいですよ、中倉さん」

 あなたにそういう気配りは難しいでしょうから、という言葉は口にはしない。


「それは助かるよ、野路さん」

 頭を掻きながらヘラっと笑った。


 質問の内容は営業管理のツールについての困りごとだった。このパワハラやろう、実は意外と仕事に対しては真面目なのだ。その真面目さがついつい行き過ぎ、先日の領収証の件で経理の女性に見せた言動などに通じている、のかもしれない。


 もちろんあの行動は褒められたものではない。しかしアレだけの情熱をもって仕事をしている営業さんは、うちの会社にはいないかもしれない。


「――というわけなんだけれど……? どうしたの、野路さん」

「えっ、な、んでしょうか?」

「なんか元気ないね」


 こいつにまで見破られたというのか。まぁ、腐っても営業。人の顔色を見るのはお手の物ってところか。


「すいません、少し嫌なことがあって」

「え、俺がここに来たこと?」

「ああ、それもありますか」


「うそ、マジ!?」

 私の物言いに大げさに驚く。


「うーん……どうでしょう」

「ま、でも嫌なことがあったならさ、やっぱ飲むしかないよね」

 こいつは飲むことしか能がないのか?


「中倉さんって、週に8日は飲んでるイメージがありますね」

「あ、それいいね。いくらでも飲んでいいってんなら8日でも9日でも!」


「ぷっ、バカですね」

 どんだけお酒好きなんだろうこいつは。思わず吹き出してしまった。


「あ、ようやく笑ったね」

「え」

「さっきから野路さん、表情がずっと固くてさ。ホントに嫌なことがあったんだと思って」

「中倉さん……」


 なんだこいつ、意外といいやつなんじゃないの?


「というわけで、今日飲みに行こう! 定時には出れるでしょ?」

「え、あ、……はい」

「よし決まり。んじゃ夕方に」


 彼が帰ってからチサトが口を開いた。


「……大丈夫? すみれさん、あんな約束しちゃって」

「軽く飲むだけだから。問題ないでしょ」

「気をつけたほうがいいよ? 一応忠告」

「うん、ありがとうチサト」




「ここ……個室居酒屋、ですか」


 二人で個室って、まずくないかなぁ。

 看板を見上げる私に、中倉は明るい口調で語りかけてくる。


「なんだか色々思いつめてるみたいだったから、ゆっくり話せるほうがいいとおもって」


 思いつめてるのはそうかも知れないけれど……


「あの、普通のテーブル席は」

「ここは全部個室になってるんだ。落ち着いてていい雰囲気だよ。さ、入ろう」

「え、あ、ちょっと」


 手を取られ、そのまま連れて行かれる格好になってしまった。


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