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「ん? どうしたのすみれさん、なんか元気ない」
チサトがトイレから戻った私に対し、目ざとく指摘する。ホント優秀だ。
「ん? なにもないよ?」
「そう? ならいいんだけれど」
なるべくなら今日はもう、誰とも話さずに帰りたい。けれどそう思っているときに限って面倒なお客はくるものだ。
「おつかれさま、野路さ……っと野路係長!」
話す途中で急に姿勢をただす姿は真面目を通り越して滑稽だ。
「別に今まで通りさん付けでいいですよ、中倉さん」
あなたにそういう気配りは難しいでしょうから、という言葉は口にはしない。
「それは助かるよ、野路さん」
頭を掻きながらヘラっと笑った。
質問の内容は営業管理のツールについての困りごとだった。このパワハラやろう、実は意外と仕事に対しては真面目なのだ。その真面目さがついつい行き過ぎ、先日の領収証の件で経理の女性に見せた言動などに通じている、のかもしれない。
もちろんあの行動は褒められたものではない。しかしアレだけの情熱をもって仕事をしている営業さんは、うちの会社にはいないかもしれない。
「――というわけなんだけれど……? どうしたの、野路さん」
「えっ、な、んでしょうか?」
「なんか元気ないね」
こいつにまで見破られたというのか。まぁ、腐っても営業。人の顔色を見るのはお手の物ってところか。
「すいません、少し嫌なことがあって」
「え、俺がここに来たこと?」
「ああ、それもありますか」
「うそ、マジ!?」
私の物言いに大げさに驚く。
「うーん……どうでしょう」
「ま、でも嫌なことがあったならさ、やっぱ飲むしかないよね」
こいつは飲むことしか能がないのか?
「中倉さんって、週に8日は飲んでるイメージがありますね」
「あ、それいいね。いくらでも飲んでいいってんなら8日でも9日でも!」
「ぷっ、バカですね」
どんだけお酒好きなんだろうこいつは。思わず吹き出してしまった。
「あ、ようやく笑ったね」
「え」
「さっきから野路さん、表情がずっと固くてさ。ホントに嫌なことがあったんだと思って」
「中倉さん……」
なんだこいつ、意外といいやつなんじゃないの?
「というわけで、今日飲みに行こう! 定時には出れるでしょ?」
「え、あ、……はい」
「よし決まり。んじゃ夕方に」
彼が帰ってからチサトが口を開いた。
「……大丈夫? すみれさん、あんな約束しちゃって」
「軽く飲むだけだから。問題ないでしょ」
「気をつけたほうがいいよ? 一応忠告」
「うん、ありがとうチサト」
「ここ……個室居酒屋、ですか」
二人で個室って、まずくないかなぁ。
看板を見上げる私に、中倉は明るい口調で語りかけてくる。
「なんだか色々思いつめてるみたいだったから、ゆっくり話せるほうがいいとおもって」
思いつめてるのはそうかも知れないけれど……
「あの、普通のテーブル席は」
「ここは全部個室になってるんだ。落ち着いてていい雰囲気だよ。さ、入ろう」
「え、あ、ちょっと」
手を取られ、そのまま連れて行かれる格好になってしまった。




