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最近、事あるごとに橋野がフォローを入れてきてうっとおしい。ただの腰巾着のくせに。
今日も朝からあの嫌味な笑顔の相手をしないといけない。最近はすっかり毎日恒例となった千日行のいちメニューだ。そうだ、これは修行僧の行の一環なんだ。
「そうか。そう考えればいいんだ」
「はい? どうしましたいきなり」
橋野が悟りを開いた私の言葉に怪訝な表情で質問を投げかけてくる。うんうん。修行なんだよ。そう考えれば――
「それより『リバイバルプラン』、初稿はいつになりますか」
ああ、イライラしてきた。やっぱ悟れてなかった……。
「あの、お言葉ですが社長室長どの。そのような大きなお話、一日二日で案だしできるはずないって思いませんか?」
「いやいや、数々の難事件を解決した野路さんならと」
「私は金田一耕助でも、明智小五郎でもないですよ」
「うーん、なかなか古いところを突いてきますね。私は浅見光彦シリーズが好きですが」
「ああ、私、高千穂伝説のお話なら読んだことが……ってそうではなく」
「はい、プランのお話です。いつできますか。あれから一週間、5営業日経っています」
みたいなやり取りを毎日やっている。いい加減疲れる。
「ねぇ、チサト。ああ言ってたけどどう思う?」
「うーん、私は津和野の話がいいと思うなー」
推理小説を読むAIってのもアレだね。興味深いけれど。
「推理小説の話じゃない」
「冗談だよ。すみれさんの言うとおり、すぐにできるものじゃないよ。50代社員全員分のプロファイリングから始まって、経歴やスキルの確認、適正の推定からリソーセスシフト、追加の教育計画なんか考えないといけないはずだよ。そんなの一週間やそこらでは難しいよね」
チサトは頭が痛そうに抱えつつ回答する。
「どれくらい掛かりそう?」
「他のタスクを回しながらだから、あと一週間かな」
「マジか」
「マジです」
さすがチサト様。仕事が速い。
「あ、ごめんちょっと外すね」
「なに、トイレ?」
「いちいち言うな」
たまにデリカシー無いからいやだ。AIにデリカシー求めても仕方ないけど。
頑張りたいけれど最近ちょっと、重い。
薄暗い個室で一人、考えることが多くなった気がする。
短くため息をついて紙に手を伸ばしたとき、飛び込んできた声にビクリと固まった。
「ねー、グロス持ってるー?」
「あるよ、ほい」
「さんきゅー。……ん。……あ、そう言えばあれよ、AI大臣」
「だれ? ……ああ、野路さん」
「最近トバしてるよねー」
「係長様だもんねー、あんなオモチャで遊んでるだけなのに」
「あれホント効果あんの?」
「わっかんね」
「社長がえらく気に入ってるよね」
「それな! 最近本人も髪とかメイクとかエライ気合い入れてるしね」
「それなりに可愛いからまたムカつくんだよねー……ビューラー借りるね」
「おう……ってか知ってたけど調子乗られたらヤだから黙ってたわ、それ」
「あっは、根性わる」
「アンタにいわれたくないー」
「もうあれじゃない? 囲われてんじゃない?」
「えっ、嘘? あんなハゲオヤジと? ……いやだ、絶対ありえねー」
「でもあの様子あやしくね?」
「出世の仕方がおかしすぎるもんね。やっぱ寝たか」
「うわー、やだやだマジキモい。そこまでして出世したい?」
「こんな会社で出世したところでね」
「あっはは、いえてるー」
「……ちょ、誰かいる」
「うわ、マジ? ……行こ」
震える手を落ち着かせるのにしばらく時間がかかった。
女の敵は、女。
「うまく言ったものだよ、ホント」
化粧ポーチごと持ってきててよかった。
涙の跡も、うまく消せただろう。