11-1 役職なんて、ただの足かせ
「野路くんがまたやってくれた。今度は利益の倍増だ! 四半期の見込みが前年同期170%になる見込みだ! 今度のボーナスは楽しみだな!」
会場がにわかにどよめく。私の心もざわめく。
「もう一つ。これまでの貢献から、野路くんを係長に昇進させることにした!」
えええええー!?
聞いてないんですけれど!?
「はい、野路くん。前へ」
「あ、あのあの。そんなお話、伺ってないんですけれど」
「ああ、そりゃそうだ。だってさっき決めたんだから」
「……そうなんですか」
「みんなも女性社員としては異例の若さでの昇進だが、実績あってのことだということはわかってもらえると思う。他の社員も、努力すれば結果はついてくるということを肝に銘じて励んでほしい! では野路くん、あいさつ」
「へっ」
押し付けられたマイクを見つめ、しばし途方にくれた。そのまま話すことを思いつかないまま演台に歩いていく。
その場に立ち前をチラと見ると全社員の目線が突き刺さる。手前のオジサンは胡散臭そうにしているし、すこし後ろの女子社員はこそこそこちらを見て話し、笑っているようだ。
「すみれちゃん、がんばれ!」
どこからか声がかかり、サワサワと笑いが起きた。
でもホント無理。なにも思いつかない。まずい、まずい、このままじゃ。けれどそういうときほど言葉は思いつかず気持ちは焦るばかり。
そんなときだった。スーツのポケットに入れているスマホが震えた。あわてて取り出すと、
「スマホ気にしてる場合じゃないでしょ、係長さん!」
とまた声がかかり、ドッと笑いが生まれた。
画面を見るとチサトが笑って手を振っている。途端におちつきが出てきた。
するとまもなく、画面上にテキストが並んだ。これは――
「――このたび係長職を拝命いたしました、野路すみれです。この度の人事に関しましては、ひとえに日頃から皆様から賜るご支援の賜物と思っております――」
その後カンペのおかげでなんとか乗り切ることができた。
席に戻ると満面の笑みのチサトが迎えてくれた。
「おつかれさま、係長!」
「さっきはありがとう、助かったわ」
「なんの、係長のお役に立てて、わたくしめ感激でございます」
「あはは。なにそれ変な言い回し」
「すみれちゃん、お茶……って言えなくなっちゃいましたね、係長。そのー、これからもよろしく……」
昼行灯の浦野主任。彼も私の上司ではなくなるということだ。
「こちらこそ、今までご指導ありがとうございました。これからも変わらずよろしくおねがいします」
ヘラヘラ愛想笑いを浮かべつつ、浦野は自慢の湯呑をもってひとり給湯室に消えた。
「さてすみれさん。厄介なことになったね」
「……ホントそう。ろくなことをしてくれないわ」
ため息をついて辞令の紙を忌々しく見下ろす。
係長への昇進。女性としては異例の速さだという。
この役職の意味はけっして軽くない。社内カーストにおいてイレギュラーな存在になりつつあった私だったが、今までは平社員ということで笑って済まされていたところもあった。
けれど今回のこれ。この紙で立場がはっきりとしてしまった。周りはもっと直接的に、露骨に私に当たってくるだろう。
「一人の部署ってところはなにも変わらないけれどね」
「あ、すみれさん。私は頭数に入らないんですかね」
「ま、普通の仕事ならチサトがいれば後は私一人だけでもなんとかなるよね。これからもよろしくね!」
「もちろんだよ、すみれさん! がんばろうね」
チサトの笑顔を見るたび救われる気がする。
「あのー、野地さん、野路係長。いま、よろしいですか?」
早速本日のお客さんがやってきたようだ。
笑顔を返し、隣の椅子をすすめる。はにかんだ様子のこの人は確か試作部の。
話をききつつ、先程呼び止められ聞かされたことをぼんやりと考える。
――次の課題は『リバイバル』だ――
彼が持ってきた資料を受け取り、説明を受ける。試作部品の管理方法についてよい方法が無いかという相談のようだ。
――つまりは中高年の使いみちが難しくなった連中を、なんとか使い物になるよう、適所を与える方策を考えてくれ――
これを聞いてから、もしかしたら連中、自分たちができなかったものを次々に押し付けているだけのような気がしてきた。
成功したら御の字、失敗してもいち係長の独断ということで処分。
「――まさかね」
「? 野路係長?」
「あ、ううん、ごめんなさい。続けてください」
今は目の前の困りごとに集中しなければ。
現場のみんなはいつも困っている。彼らを楽にしてあげられるのは、私とチサトだけ。
そう。頑張らないと。