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「そもそもリストラが企業にとって、長期的にみてメリットがあったケースがそう多くないっていうのは知っている?」
今日のチサトはなんとビジネススーツスタイル。ガチだ。髪もまとめ上げてうなじが見えて。メガネもしちゃって、なんかこう……
「いけないことを教えそうな勢いの先生、って感じがするよ。チサト先生」
「なにそれ。ほら、ちゃんと聞いてたら、後でご褒美あげるから」
メガネをくいっと上げてウインクをしてくる。このこうげきはつよい!
「マジですかセンセイ」
「……すみれさん、妙な性癖をお持ちで?」
若干引いたみたいだ。いけないセンセイがご褒美とくればそのメニューはそう広くない、と考えるのは知識が偏っているせいか。
「あ、いやナニモナイデスゴメンナサイ」
「もうっ……んじゃ野地さん、リストラのデメリット。思いつくことを話してみて」
指し棒でぴっとこちらをさして答えを促す。
「たとえば希望退職を募ったら、優秀な若手がこぞって辞めたとか、ウチみたいに実務を行っている非正規雇用を絞った結果、生産性がガタ落ちになったとか? ニュースとかでたまに聞くわね」
私の答えに満足そうにニッコリ笑ってチサトが頷く。教師コスプレも可愛いんですけれど。
「今回の指示ではとにかく人を減らせ。狙いは人件費……固定費の抑制というのは明白だよね」
チサトの言葉にうなずく。
「具体的戦術や展望のない人員削減は良い結果を産まない。それは歴史が証明しているし、事実そうだよ。今回の指示は実行すべきじゃない」
「でもどうするの? 社長は一旦言ったら飽きるまで言うよ。それに数字として示さないと」
「取る方法は三つ。計画的な構造改革、人員の再配置、売上拡大」
そういってチサトは右手の指を三つ立てる。
「……三つとも大変」
「一番たいへんな構造改革は、正直わたしも案を提示するだけが精一杯。理由は簡単だよ」
「なに?」
「経営者や核となって推進するメンバーのメッセージを載せたビジョンと熱意が必要だから」
「あ、それウチにはもっとも縁遠いかも」
「でしょ? だからこれはすごく大変」
チサトは肩をすくめながら首を振った。
「だとすると残りの二つは」
「うん、正直対症療法。タレントマネジメント――従業員の分析をしてより活躍できる場所に再配置する『提案』をする。これは本来、ビジョンや戦略があって初めて実行すべき戦術レベルの話なんだけれど、これは予測でなんとかする」
なんとかする、っていい切るチサトがカッコイイ。
「あとはもっと即効性がある、単純に仕事を増やして暇な人を無くすっていう案。でもこれは長続きしない」
「どうして? ……あ。持続的に高負荷の状態は続けられないから、だよね」
「それにいつまでも高負荷にするための仕事は来ない。単純に納期を縮めるだけだからね。理屈で言ったら納期を10%縮めればリソースは一割以上余分に必要になるでしょ」
「そうやって時間稼ぎする間に、必要な改革を行うということね」
「社長さん、単純だからさ。人参ぶら下げたら機嫌直るよきっと」
そういった内容を提示することで私はリストラを取り下げるよう提案した。最初は渋っていたけれど、最終的な収支が改善する見込みであるところ、なにより正規雇用の労働者の深刻なスキル不足を指摘すると、渋々といった感じで私達のプランを了解した。
半ば博打のような感じで進めた感はあるけれど、結果はうまくいった。
金額が15%ほど上がるけれど、納期を従来の10%以上縮めるプランは思いのほか顧客に好評で、実際に四半期収支にもいい影響を与える見込みとなった。短期的な効果をもたらしたことは、単純な社長にはいたくお気に召したようで、いつしかリストラのことを言わなくなった。
人を切らずに済んだ。エゴかもしれないけれど、それがとにかく嬉しかった。
なのでついつい忘れていた。
出る杭は打たれ、時にへし折られるのだ。