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10-3

「野路さーん、のんでる!?」

「ガンガンいこうねぇーっ!」

「「「うぇーい!!」」」


 私の目の前で繰り広げられる体育会系の飲み会。

 その日は同年齢の男女社員が集まる飲み会ということで、先日幹事の男性社員に誘われたものだった。


「ってか野路さんって、雰囲気変わった? 超可愛くない?」

「いえそんな」


「っかー! 清楚系かわいい子タマンネー!! 彼氏いないなら付き合ってよ~ん」

「えっ、そ、そんなの無理ですっ」


「ふわー、断り方もかわいいー!! 俺マジで惚れちゃいそう!」

「オマエさっきまでマジじゃなかったんかよ!」


 別の男性社員に突っ込まれてドッと笑いが起こった。


 みんな楽しく盛り上げようと声をかけてくれるんだと思うけれど、日中のことが頭から離れず、とても飲み会を楽しめそうにない。そんな気持ちが顔に出ていたのか、


「ねぇ、野路さん」

 振り返ると、今度は女性社員だった。確か設計のひと。


「あまりこういう雰囲気、苦手だった?」

「え、あ、すみません。少し気になることがあって、それで」


「えー、男?」

「ち、違います」

「やだ野路さんってかわいいー」

「か、からかわないでください……」


「ちょっとアンタ達。野路さん困ってるよ! あんまりガツガツしちゃダメだからね」


 途端にえー、という残念がる声が起こった。


 しかし酔っぱらいの興味が持つ時間などほんの僅かな間。すぐに別の話題に切り替わり、話題の中心は私から離れた。心底ホッとする。


 遠巻きに彼らを見ながら梅酒ロックをちびちび飲んでいると、SNSのメッセージが届いた。


「あ」


 須貝からだった。


「なになに、カレシ?」

「えっ、野路さんカレシいんの!?」

「ち、ちがいます! 取引先の方からの業務連絡です」

「なんだよかったー」


 立ち上がり、廊下に出てから内容を確認する。背後から「いま仕事いいじゃーん」などと声がかかるけれど、正直このタイミングはありがたかった。


 ”おつかれさまです。もしかしてもうご自宅でしょうか。よろしければまたお食事などと考えています。本日のご都合はいかがでしょうか”


 見た瞬間、なぜかとても会って話がしたいと思った。飲み会の途中だけれど、21時過ぎには大丈夫な旨を返信する。


 じれる時間がしばらく続いた。実際の時間は一分も無かったのかもしれない。


 届いた返信には「ではこのお店で待ってますね」とのメッセージとともに、お店のURLが記されていた。割と近所だ。これなら歩いていける。了解の返事をした後、ため息を一つ。


 これだけですごく心が落ち着いた気がした。




 一次会が終わったとき帰るといったら一斉にブーイングを受けた。それを苦笑いでかわして

 歩き出す。徐々に足が早くなっていく。先程までの沈んだ自分とまったく異なる浮つく気持ちに戸惑いながらも、彼の待つお店への道を急ぐ。


 そこは個室のダイニングだった。和風な店構えで京都の町屋をイメージしているんだろうか、石畳の薄暗く長い廊下を店員の後に続くと一つの部屋に案内された。


「やあ、こんばんは。すみません、急に呼び出しちゃって」


 相変わらずの飄々とした態度。彼を見た瞬間、色んな感情が一気に押し寄せてきて戸惑ったけれど涙が溢れそうになるのを懸命に堪えて、なんとか「大丈夫ですよ」と笑った。


 多分笑えた。


 当たり障りの無い会話が続く。二人の声以外、聞こえる音はない。他人とこんな静かに話す時間はいつぶりくらいだろう。やがて話は今日の事に移る。


「リストラ――ですか。うん、あの社長がいいそうなことですね」

 ビールのコップを傾けながら相づちをうつ須貝。


「チサトは気に病む必要はないっていうんですけれど、とても割り切れなくて」

 私はコップを握ったり、離しては縁をなぞりながら話す。


 言葉にするたびに、心に沈んだオリが少しづつ流れていくような気がした。


「それにそうなったらまた残業が増えてしまう。せっかく減らしてみんなの顔に笑顔が増えてきたのにこれじゃ」


 須貝は静かに聞いてくれる。普段はムカつくスカした態度も今はありがたい。


「それに非正規雇用の方を減らしたら、おそらく仕事は回らなくなります」


「そうかもしれませんね」


 日本企業の悪習というかあるある話だ。非正規雇用の方に実務の泥臭いところを丸投げした結果、契約満了でいなくなってからノウハウが社内にとどまっていないことに気づく。酷いところになると実際の業務は非正規の方しかやってないってことも聞く。


「すみれさんは優しいですね。社員の方々のことをしっかり考えて意見されている」


「違う、そんなんじゃありません。怖いんです。彼らから職を奪う片棒を担ぐなんて」


 首を振って否定する。そんな高尚なもんじゃない。悪者になりたくないだけだ、私は。


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