2-1 魔法少女チサト
「ふむ、それで君はそのイイ男にコロッと騙されて、パンフレット一枚持って帰ってきたと。こういうわけか」
次の月曜日。私が書いた出張報告書にざっと目を通した社長は、不満そうに手に持った報告書を机に投げた。それ、休日をつぶして書いた私の力作なんだけれど。
「お話を伺いましたが、わかりやすいソフトのようでしたので、最初に試すのは良いかと思います。それに月々の利用料形式ですのでそんなに負担にもならないですし」
「あー、そんなことより。女の子の営業はいなかったのか?」
「見た限りでは」
「あー、じゃあ、もうわかった。君に任せるから、好きにやってみろ」
社長はそういいつつ、手をひらひらさせてスマートフォンをいじり始めた。製品そのものには興味がないらしい。聞こえない程度に短くため息をつく。
相手はどうせキャバクラ嬢だろう。SNSで無駄な努力を続ける社長に一礼して部屋を後にする。
そうはいってもどうしようか。とりあえず連絡してみるかな。
名刺には「チサト・ラボラトリーズ」と書かれていた。カワイイ女の子のロゴが描かれている。なんだろう、オタクっていうやつかな?
おそるおそる連絡すると、予想に反して応対してくれたのは、声は爽やかそうな男子。「会社に遊びに来ませんか」と誘われた。
正直、悪い気はしなかった。
大手町はやはり、いつ来ても気後れしてしまう。
私の会社は岩本町にある。地下鉄で十分ほどの距離だけど、駅から中途半端に距離があるのでシェアサイクルでやってきた。近くの駐輪場に自転車を返すと建物を見上げる。「インキュベーションセンター」と名刺にあったけれど、ここでもやっぱり私を半端ない場違い感が襲う。
銀行の支援で低廉にオフィスを借りられるらしいここは、スタートアップ企業が最初に城を構える。まさにインキュベーター。次々に新しいビジネスが生まれ、一気に成長し巣立っていくか、人知れず消えていくところだ。
しかしこれはなに? みんな見事にカフェでリンゴのマークのパソコン開いてる。颯爽とディスカッションとかしてんの? 意識高いの? やっぱ高いの?
そんな彼らが広場に立ち尽くす私をチラチラと見る。やめて。私はあなた達とは住む星が違うんです。意識、超絶低いので。
……そうか、この格好か!
今日はお仕事モードなので、私も一応スーツを着ている。対してカフェの意識高い諸君はみんなラフな格好。ワタシ、ジャパニーズビジネスパーソン。諸君、シリコンバレー? のエンジニア? とかなんかそんな感じ?
「うん、やっぱかえろ」
なんだか気恥ずかしさや惨めさ、気後れがないまぜとなった気持ちが私の身体を回れ右させる。けれどくるりと振り向いた視線の先にあの人がいた。忘れようもない、あのイケメン。