10-1 私が抱えるコレジャナイ感
その日の夕方のセミナーで須貝が見せた表情は見物だった。
「『どちら様ですか?』は無くないですか、秀平さん」
そしてその時の顔を思い出して、また笑った。
「いや本当に最初、どなたかわからなかったんですよ。すみません、すみれさん」
「あの、どうですか?」
「どうって?」
ホントに鈍感だな、この男は。
「その……髪型とか」
聞くのが恥ずかしくて、思わず目が泳ぐ。髪の毛さわっちゃう。
「え、あ、はい! そうですね、髪型も、メイクもすごく似合ってるというかその、……とても素敵です」
「あ、ありがとう……ございましゅ」
やだ舌かんだー!!
その後、お互いうつむいてしまい、不意に沈黙が流れる。
「あのさー、さっさと始めたら? セミナー」
須貝のパソコンから、チサトのあきれたような声が聞こえた。
「――チサトからだいたいのところは聞いていますが、社長賞ですか。やりましたね」
「えへへ、おかげさまで。チサトがすごく頑張ってくれましたから」
「もっと褒めてくれていいんだよ? ホレホレ」
チサトが画面上でドヤる。
「そのすーぐ調子に乗るところ、だれに似たんだろうね……」
と須貝をチラと見ると、途端に慌てた表情をした。
「えっ、ちょっと待ってください、ボクですか!?」
チサトのサポートを使ってない須貝は実に素直な青年だ。彼女が話す内容を提案してくれている効果は確実にあるように思える。
「ほんと秀平さんって、チサトのサポートがないと何て言うかな……」
「ポンコツ」
「そう、ポンコツ、ってさすがにそれは失礼でしょう、チサト~あっははは!」
「すみれさん、そんなに笑うなんて、チサトより失礼かも」
須貝が若干むっとした表情でこちらを見る。
「あ、ごめんなさーい」
てへぺろ。
「ごめんなさーい、ご主人様」
チサトもマネをするようにてへぺろ。しかもいつの間にかメイドコス。
「チサト。消されたいんですか?」
んん? ちょっと須貝さん?
少し青筋が立っているように見えるのはおねえさんの気のせいかな?
「私が死んでも代わりがいるもの」
あくまでもチサトは煽り抜くスタイルのようだ。
「そういうの、やめなさい」
「多分、私は三人目だとおもうから」
あ、今度はピッチリしたなんちゃらスーツに変身した!
「やめなさい」
秀平くん。吹き出しながら言っても、説得力ないよ?
「……設計のチェック業務の改善、ベンチマーク図面の提案システム、自動作図システム、組み立て行程最適化システム、品質情報のフィードバックシステム……ひと月の成果としては十分過ぎますね。さすがだね、チサト」
「えへへ」
素直に喜ぶチサト。なんか雰囲気が違う。お父さんに褒められた娘のような反応。
「仕組みの改革はまずは数ターン様子見ってところでイイと思うんです。制度面の改善がおくれてて、そちらに取り掛からないとかなって」
私の言葉に須貝は相づちを打つ。顎に手をやり少し考えるかのように視線を泳がせたあと、口を開いた。
「とすると担当はあの橋野さんっていう男性の方でしたっけ? あちらの担当ということですか?」
「ま、そうなんですが、あのひと、人に仕事を振って社内生活をしてきたような感じなので、今回も絶対仕事が回ってきますね」
「なるほど。では内規や規定などの整備も並行してやっていくような感じですね。いそがしくなりますね……」
「「チサトが」」
「えっ、なになに、なんで私が忙しくなるの」
画面の中でピッチリスーツのコスプレ少女が慌てたふりをしている。
「あと、わたし嫌な予感がするの。あの社長が、これだけで満足するとは思えない。絶対追加でひどいこと言ってくるって思う」
こういう時の予感って、本当に外れてほしいと思う。思うんだけれど、そういう命中率いいんだよなぁ。
思った通りだった。
翌日。再び社長室に呼び出された私に与えられた新たなミッション。それは。
「年度末までに、従業員を一割カットせよ」
そう。リストラプランの策定だった。