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「アンタ自分のこと、ほんっとわかってないんだね。いい? 一度しか言わないからよーく聞いとけよ」
フジコはため息をついたあと、こうまくし立てた。
「う、うんわかった」
「アンタはね……実はメチャクチャかわいい」
「えっなにキモイ」
「真面目に聞けよ」
「はいはい」
「地はいいのに髪型はダサい、メイクは下手、着るものもテキトー。こんなんで男釣れるわけないじゃん」
「いや元々釣る気が」
「聞けよ」
「あっ、はい」
確かに美容室行ったのいつだったっけ? 冬前に毛先の余りのひどさにフジコが発狂して引きずって行かれたきりかな。ということは11か月かー。思えば遠くに来たもんだ。そりゃ髪も伸びるよね。
服は去年のそのままだし。あー、そいや下着も買ってないなぁ。生地が薄くなってうっすらワイヤーが見えてきてるのも確か……
「すみれ!」
「あ、うん、なに?」
「聞いてんの? ……ということで明日美容室な。祭日休みだよね? んで昼から服とコスメ買いに行くべ」
「え? そんな急に」
「返事は!?」
「イエス、マム!! いや、じゃなくて」
「じゃ10時に渋谷のモヤイ前で。店はアタシが予約しといてあげるから。じゃ」
次の日は朝から大変だった。
フジコは私を見るなり腕を組み鼻をならした。
「あいかわらず下町のおばちゃんみたいな風体だよね。あ、下町に住んでるんだからしかたないか」
「おい下町をバカにするのはそこまでだ」
今更だけれど、フジコはモデルみたいだ。高校時代から華やかだった彼女。昔からファッション大好き少女だった。どうして私なんかとつるんでいたのか、未だにわからない。
上背もありスレンダーな体形は目をひく。若干ピンクがかった髪は陽の光を受けキラキラとかがやく。
……ま、昔から胸は私の方があるんだけれど。私の方がメリハリのある身体……といえば聞こえがいい。おしりもそれなりに大きいのが目下の悩みの種だ。
「おい、おまえ今失礼なこと考えてただろ」
「なにも?」
「……まいいか。じゃ、いこ」
渋谷に着いた早々、美容室に連行されさんざん髪をいじられた。美容師さんとフジコのいいおもちゃになっていたような気がしないでもない。
野暮ったく、後ろで束ねるか団子にするしかなかった長い髪はバッサリカットされ、アシメの前下がりボブになった。重かった黒髪は染められ、茶色くなった。
「……カッコかわいい! 誰これ」
「いやお前だろ」
「あ、そか」
「ホント素材がいいのに勿体ないよキミ。気に入ってくれたら嬉しいな」
美容師が最後のチェックをしながらにこやかにわらう。
「これが……わたし……」
ぼうっと鏡を見詰める私を容赦なく引っ張るのはやっぱりフジコ。
「さ、次行くよ」
あとはデパートやらファッションビルやら色んな所に連れまわされた。最後にコスメカウンターでおススメの化粧品を聞きながら化粧の仕方をレクチャーされ、本日のミッションコンプリート。
「え……化粧でこんなに変わるの」
「いやー、化粧しがいがありましたお客様。すっごいカワイイ!」
「くやしいけれど認めるしかないのよね。すみれ、本当にかわいいから」
今日わかったこと。
かわいいは、創れる。けれどかわいいは、お金がかかる。
社長賞もらってて、ホント良かった……。
そして変身した翌日。
「ちょ、ヤバいヤバいヤバい! うっひょー! すみれさんかわいいでしゅー! どうしたんですかどうしたんですか!? なんでそんなに急にKAWAIIに目覚めちゃったんですか? もしかして、秀平さん」
「それはない」
「カメラで盗撮してもいいですか」
「被写体に堂々と盗撮するって宣言するの、新しいよね」
まずチサトは壊れ。
「えっ、えっ、野路さん、だよね?」
などと週末の返事を聞きに来た同僚もキョドリだす始末。
先日までと比べ、明らかに男性の、私に対する扱いが変わった。
すごく丁寧に接してくれるようになったのがわかる。あのパワハラ中倉でさえも、
「あ、あの野路さん。これ、教えてほしいんですけれど」
なんて丁寧語を使ってきたもんだから笑いを堪えるのに大変だった。
正直、気持ちいい。
――須貝はどんな態度を見せるかな。




