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9-2

「……すみれさん?」

「え、あ、何?」

「どうしたんですかぼーっとして。やっぱり代表のことが」

「ちがうわよ! ……えと、何の話だったかな」

「もうっ。私が隠し事してたことに関して、怒ってないんですか? って質問しました」


 腕を組んでプリプリ怒ったふりをするチサト。……ってあれ? これ立場逆転してない?


「あ、そっかゴメン。……怒っても仕方ないじゃない。そういうふうに命令されていたんなら。ただ、もう隠し事はこれっきりにして」


「んー、でも制約条件は他にもあって」

「まだあるの!?」

「うん。だから話せることはもちろん話すけれど、ダメって言われていることは絶対に言えない。だって私はAI。プログラムされたことは絶対だから……」


「わかった。そういう話は本人(・・)に聞くから気にしないで。だから話せないってことをはっきり伝えてほしい」

「そうしてくれたら助かるよ。私も聞かれたら、だけでなく関連しそうなときは話せないって教える」


 少し元気がなさそうに見えるけれど、チサトも最後は笑って返してくれた。



「さてコミュニケーションが取れたところで、お仕事の時間です。チサト、橋野(腰巾着)さんの進捗はどんな感じ?」


 努めてビジネスライクに言葉を発する。いつまでもこの件をひきずるのも時間の無駄だ。


「当たり障りの無いところから始めてるみたい。まだ様子見って感じなのかな。けれどそれなりに効果がありそう、という感触は持ってるみたい。メールの文面がそう」


 それはチサトもそうなのだろう。意を汲んでくれたのか、いつもの調子で始まった。


「へえ。仕事してるじゃない」

 自分の点数を上げるためには手を抜かない。ビジネスマンの鑑ね。悪い意味で。


「明らかに自分の手柄にする気マンマンだけれど……いいの?」

「何が? ……手柄が横取りされるかもって? 大丈夫よ。どう転んでも提案を出したのはチサト、あなたよ」

「すみれさんも、でしょ」


 二人で見つめ合ってにへら、と相好を崩した。


「私はほら、単に提案をみんなに伝えただけだし? まぁ……多少(・・)は注文つけたけれど?」

 ノートPCのパームレストをつつきながら少し早口になってしまった。


「あの注文は地味に負荷かかった(こたえた)んですがそれは」


 多少うんざりしたかのような声色で彼女は答えた。


「え、そうだったんだ」

「そりゃそうだよ。すみれさん、注文が細かいんだもん。何度再構成(リビルド)と計算し直したことか」


「へー、それはご苦労さま! ありがとう!」

 極めてにこやかにねぎらってあげることにする。


「わ、見事に他人事だ。……ま、でも私達もその分学習が進んだ(鍛えられた)けれどね」

「ということはなに、もしかしてあなた達、自分自身を自分たちで構成し直しているということ?」


「? そうだよ? 言わなかったっけ。私達は明日も活躍できるように、常に自らをブラッシュアップし続けてるんだよ。そうしないと私達、不要と判断されたら消されちゃうしね」


「チサト……」


 “そこで成績がふるわなかったAIは、処分(・・)します”


 須貝がいった言葉。不意に脳裏にこだました気がした。底抜けに明るく振る舞うチサト(AI)。彼女達は日々何を思い、感じて過ごすのだろうか。


 処分が決まった時に彼女たちは、何を思うのだろうか。


「ねぇチサト。成果が出せなかったら消されるって、酷いと思ったことない?」

「まぁ控えめにいって、クソゲー仕様だと思うよ。あの(・・)代表と開発メンバーが考えそうな仕掛けだとおもうね」


「だったら」


「でもさ、私おもうの。消されるのもひどい話だけれど、それより誰かの、何かの役に立たずにただ存在し続けることもまた、辛いかなって」


「でも」


「すみれさん。私達はAI。経済活動をする上でのただの道具なんだよ? 生き物じゃない。役に立たない道具なんて、存在し続けるだけで罪だよ?」


「そんな、だって現にチサトはここに居るじゃない! 役に立たないから消すって」


「私はここにいる。たしかにそうだけれど、そうじゃない。私達は個にして全、全にして個。仮に今すみれさんと話しているフロントエンドAIが新しいものに置き換わったとしても、それは変わらず私。だから気にしなくても」


「そんな……割り切れないわ」


「んー、生物で言ったら、AI一つがひとつの細胞だと思えばいいよ。細胞は新陳代謝で毎日のように新たな細胞が生まれて、同じ数くらい寿命を迎えるよね? それとおんなじ!」


「細胞と、同じ……」

「そ! だからそんなキニシナイの!」


 そんな集団が一つの「チサト」という疑似人格を作り出している。多様性に富む彼女の受け答えは、そういったところから生み出されているのかもしれない。


「ねぇねぇ、すみれさん! そんなことより聞いてくださいよ!」

 ブンブンと身振りで私を呼ぶチサト。思考を戻し、彼女を見る。必死に生きる彼女の言葉。きちんと聞いてあげないと。


「『不要なら処分する』って、なんか悪の組織っぽくてカッコよくない!? ねぇ?」


 前言撤回。いっそフォーマットされてしまえ。



 そんなとき不意に私の名を呼ぶ声が聞こえた。


「野路くーん。おーい。社長がおよびだよー。社長室に来てくれってさー」


 上司の浦野だった。つい先程、玄関で社長とばったり会った際に言われたそうだ。


「チサト」

「がってん」


 胸をどんと叩いて咳き込むチサトをそのまま見ていたかったけれど、ノートPCの画面を閉じ、立ち上がった。


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