9-1 野路くん、君は我が社の救世主だ!
ゲームのセリフかと思った。
「すみれさん、週末はお楽しみでしたね」
出社早々、チサトがゲスい表情で話しかけてきた。美少女アイドルちゃんを自称するだけあって可愛い系の彼女なのだが、そういう女の子のゲス顔は、そうそうお目にかかれるものではない。けれどけして見たいと言ってるわけではないから、勘違いはしないでほしい。
早めに出社したので、席の周りにはまだほかの社員の姿はない。けれど内容が内容なので、スピーカーのボリュームを絞る。
「何もなかったの、知ってるくせに」
わざとらしく大きなため息をつきながら椅子に腰掛けると、ニマニマした彼女が言葉をつづける。
「えへへ、まぁねー。代表がヘタレチキンってのは知っていたけれど、まさかすみれさんまでそうだったとは。いや、久しぶりに予測を大外ししたなぁ。やっぱデータが少なすぎたか」
半眼でにらみつける私の様子もどこ吹く風。いつもの調子で彼女は画面の中で頭をかいている。
「あのねぇ。そもそも私、須貝さんのこと、なんとも思ってないからね」
ノートPCの画面を指でツンツンとつつきながら、言い訳めいたことを口にしてしまう。
「ええー? あんなに仲良くお酒も飲んでたのにー?」
「そ、そりゃあ仲のいい友人、くらいには思ってるけど!? でもそれと、アレは、その。……違うでしょっ!」
画面をペシッと弾くとチサトが「いたっ」って叫んだから「あっ、ごめん」ってつい謝ったけれど、よく考えたら痛いはずがない。くそ。
「こんなAIに、ムキになっちゃってどうするの」
「小ネタを挟まなくていいから」
「えっ、すみれさん、まさかあの伝説のクソゲーのこと、知ってるの!?」
チサトが驚きの表情を浮かべる。いや、そんなのネットに転がってますからねいくらでも。
懐かしのファミコンゲーム動画、見てないと確かにわかんなかったわ。てかあの大物芸能人さん、何を考えてあんなゲーム作ったんだろう……?
「それに代表のこと、また苗字で呼んでるし。あーカワイソー」
フイッと脇に視線を落としながら口を尖らせる。
もう何なのよ、この子。なんで私AIに冷やかされないといけないのよー!
「あ、あれは二人だけのときは、呼んであげるって、いうだけで」
「いいじゃない、いつでも『秀平さん』って呼んであげれば。すみれさん、カワイかったよ?」
「カワっ!……チサト、あんたいい加減にしなさいよ」
「冗談、冗談。からかいすぎちゃった。……ごめんね、すみれさん」
すごむ私に慌てるように謝ってきた。手を合わせて顔をかしげて片目を閉じて。
「……あなた、全部知ってたんだね。なんで……言ってくれなかったの」
「え? ……そうだなぁ、まず聞かれなかったし。それに代表からきつく止められていたから。もっとも制約条件としてコーディングされていたから、話しようもなかったんだけれどね」
きょとんとして、次に斜め上を見て。苦笑いをして最後は肩をすくめた。
「制約条件?」
首をかしげて尋ねると、チサトは軽く頷いてから言葉を続けた。
「禁じ手といってもいいかな。今回のケースで言ったら……代表がカンペを使ってることを話してはいけない、って点かな? 今はすみれさんに限り、解除されてるけれど」
「そうなんだ。なら仕方ないね」
「怒って……ないの?」
今度は上目遣いに尋ねてくる。
こういう仕草、声色、話す速度、そして会話の内容。すべてが私との対話の中で瞬時に文脈を理解し、内容を理解し、答えが必要ならば調査を掛けた上で内容が決定され、発話やデータ表示などで私とコミュニケーションをとっている。
それだけのことを人はほぼ無意識に行っているけれど、それを人が作り上げたもの……いや、今や内部の学習は自動で行われていると須貝は言っていた。
こんなに人に近づけて。チサト・ラボラトリーズはどうするつもりなのか。




