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なんでもバーを出てからすっかり私はへべれけで、歩くこともままならなかったようだった。タクシーで帰ると騒ぐ私をおぶっているうちに、私は寝てしまったようだ。
よく考えたら私の自宅など知るはずもなく。仕方なく自宅に連れ帰った、ということだ。
「あの、連れ帰って頂いたのは感謝します。で、あの……」
一番大事なことを聞かなければ。
「私たちゆうべはその……?」
どうしても上目遣いになってしまう。
「え? ……あ! いや! 何も、なにもしてませんよ! ええ、互いに清い身体のままです!」
途端に慌てて手をブンブンと振る須貝。いつもの余裕はドコ行ったの? それに清いって……なにそれ。思わず笑いがこみ上げてくる。
「ぷっ。あっははは! 清い身体ってなんですそれ!? 今どき中学生でもそんなこといいませんよー!」
「え、いやだってホントですし! そんなこと、経験……無いですし」
最後は消え入るような声になった。今までの威勢はドコへいった!?
「いや絶対嘘でしょう?」
「ほ、本当です、女性とお付き合いしたことなんて。……ほんの数ヶ月、一回こっきりですし。その時は手さえつないだこと……無いですし」
嘘だ、こんな純粋培養、この世に居るはずがない。どっかの大学の養殖マグロだってまだマシなはず。
「そんなはずない。だっていつもはあんなに女の人に慣れた感じで」
「チサトが!」
「……えっ?」
「いつものセリフは、AIが教えてくれているんです。……ほらこれ」
そう言って首をめぐらして見せた耳の後ろには、何やら機械のようなものが張り付いている。
「骨伝導スピーカー。これで私に次、話すべきセリフを伝えてくれてるんです。……あはは、今、『なんでバラしちゃうのよ!』ってチサトに怒られちゃいました」
え、なにそれ。いつもの自信たっぷりな彼は、すべてチサトが演じさせていたってこと!? 本当は女の子と付き合ったことすら無い初心な純粋培養の青年ってこと!?
「騙していたってことですか」
「……すみません、騙すつもりなんてなくて。ただビジネスがうまくいくようにと、その一心で」
しゅんとした須貝はなんだか、年相応、いやそれより若く見えた。なんだか……かわいい。
「別に女の子にモテたいってわけじゃないってわけですか」
「そ、そんなこと! 考えたことないです!」
この人、単に仕事に一生懸命なだけなのか。
「じゃあ、私の前ではこれからそのスピーカー、外してもらえますか?」
「え、それは……わかりました。でもそれって、これからも二人で逢ってくれるということですか?」
ん? あ、しまった! こいつ、基本的に頭は良かったんだった!
「……なんだかチサトママに監視されてるようで、須貝さんがかわいそうだから?」
「秀平」
「えっ?」
「名前。ゆうべ約束したんです。互いに名前で呼びましょう、って。心の友だって、すみれさん言ってましたよ?」
「……ごめんなさい須貝さん。ゆうべ私、何言ってたか詳しく教えてくれたらうれしい」
「名前」
「うっ……しゅ、秀平、さん」
「わかりました。じゃ、私もスピーカー外しますね、すみれさん」
その後私は自身の酔っぱらい武勇伝を延々聞かされ、泣きながらベッドに引きこもってしまったのはいうまでもない。