8-1 ここからは私のターン!
目の前に居並ぶのはそれぞれの部長、役員、そして社長。
ここは大会議室。今日はチサトの試行結果を報告する会議となっている。
海千山千のオジサン達の前で話すのはやはり緊張する。けれど今日は違う。強力な助っ人が居るからだ。
「――以上が残業時間低減の素案として、検討した結果です」
「うん、ご苦労さま。早速だが、かなり多岐にわたるが、これは君、あー……」
「野路です」
確か回路設計の部長さん。名前を覚えていなくても仕方ないですよ。だって私も覚えてないし。
「そう、野路くん。君一人で?」
「資料のデータ化でお手伝いをもらいましたが、概ねAIと私で作り上げました」
ほとんどチサトの功績だけどね、と心の中で舌を出す。
そんなこんなで一通り説明したところで質問がなされていく。それになんとか答えられているのも全てはチサトのおかげ。
彼女が質問を聞きながらカンペを出してくれているから、苦もなくこたえられる。彼女はものすごく優秀なプロンプターでもあったのだ。この状態を目の当たりにしたら世のスポークスマン諸氏にとって垂涎のアイテムに違いない。
「中には実現が困難なものもあるが、概ね実行可能なように見えるな。いや素晴らしい! 総務と連携して、早速推進してくれたまえ! おい、橋野くん!」
社長がご機嫌で橋野を呼ぶと、奴はすす、と素早く現れた。こいつ、いたのか。
「わかりました社長。実行しやすそうなものから、本日から早速検討に入ります。野路さん、先程の資料、私に回してもらえるかな」
「はい、あの打ち合わせをしたほうが?」
「まずは目を通してみるよ。必要だったら関係者を集めようか」
後で関係者に同報でメールを入れておくこととし、散会となった。
「アレは呼ばない気マンマンだよね」
チサトがニヤリと笑った。うん、私もそう思うよ。
「でもまぁ、いいんじゃない? その間に品質向上策なんかの難しいテーマに取り組みましょ」
「すみれさん、前向きだね」
「それにさ、例の件。進捗どうなの」
例の件とは先日チサトに頼んでいた多くのデータを元にした複合的な調査。タイムカードと勤怠システム、みたいな一対一の突き合わせなどではわからない課題を見つけたくて頼んでいるものだ。
「うん、まだ終わってなくて、見込みではあと三日かかるよ」
「へぇ。随分時間がかかるのね」
「あ、その言い方、ちょっと傷つくなぁ」
「そう? いつも答えが速いチサトちゃんらしくないじゃないと思ってさ」
「うん。実は思っていたより問題がありそうなんだよね……」
「へ? サービス残業の件はだいたい見えてるでしょ」
「それだけじゃないよ、この会社の問題は」
「なによ、まだ他にやっぱり問題があるってわけ? 社長が出張の時に豪遊してるとか?」
「それくらいならまだいいんだけれど……ごめん、まだはっきりしないんだ。ウチの探索チームからはいまのところ、『ヤバい、闇深すぎワロタ』って返事だけだから、私も答えられないんだ。ごめんね」
「えっ……闇深すぎワロタ?」
「あっ、ごめん。探索チームは時々変な言葉をつかうんだー。いろんな物を調べる時にどうしてもネットスラングとかにも触れちゃうとかで。えーと、『色々問題がありそうだけれど笑えるくらい複雑でまだ見えないからちょっとまってて』、ってところだと思う」
仲間のAIが発した言葉に苦笑いを浮かべるAIってのもレアかもしれない。
「ま、コツコツやっていきましょうか。引き続きお願いね、チサト」
「任せてよ、すみれさん!」