6-3
「えーと、チサト、らぼ……?」
「チサト・ラボラトリーズの須貝と申します。本日はお会いできて光栄です、社長」
相変わらずのさわやかな笑顔を振りまきながら、シッカリと社長の手を握る須貝。美少女アイドルちゃんの生みの親は、本人も実にアイドルっぽい。
「野路から聞いていたが、本当にイケメンだったな。こりゃ騙されるのも」
「社長」
「おおっと聞かれていた」
後ろにいるのわかってて言うんだからホント白々しい。
「なかなかにおたくのAIは優秀だと、彼女から聞いているよ。先日はあやうく誤品を出すのを阻止してくれたようだし」
「早速お役に立てているようで嬉しいですね」
「今後はもっと幅広い分野にも活用できるよう、指示しているんですわ」
「それはすばらしい。チサトの能力は会社全体を把握することによって更に生かされます。紙で残されている過去の取引記録や契約書などあれば、そちらも情報として取り込んでいきたいですね」
「なるほど、後で総務に持ってこさせよう」
社長と須貝の会話は何となく盛り上がっている。それは元々社長が話し好きっていうのもあるけれど、彼の話の持っていきかたにも目をみはる。これはあらかじめ、調べてきたに違いない。
考えてみれば蓄積したデータは彼らのクラウドサーバ上に保管されているのだろう。そのデータを見れば社長の性格なんて……ん? 保管されている? 会社のデータ全て!?
「あ、いや。それは無いですよ」
社長が出ていったあとの応接室。相変わらずの笑顔で須貝は先ほどの疑問にあっさり答えた。
「無いって、でもそうしたらどうやって」
「厳密には全くないわけでは無いのですが。何と言いますか、『思い出すきっかけのデータ』だけは保管しています」
「思い出す……きっかけ?」
首をかしげて繰り返すと、クスリと須貝が笑った。少し頬が熱くなる。
「ええ。索引のようなものですね。単語や絵、音、連想できるキーワードとデータの在処を紐付けているというか。詳しいところは企業秘密って奴ですけれど」
そして彼はウインクを寄越しつつ人差し指を口に押し当てた。
「うーん、言葉としては理解できるのですが、よくわかりませんね」
「はは、ユーザはこんなところ気にしなくてもいいですからね」
データはすべて収集し学習に使用した後はすべて破棄しているそうだ。だからクラウド上には人が見て理解できるデータは存在しない、そうだ。
「大切なお客様のデータですからね。機密漏洩のリスクから考えると、『持たない』というのは非常に有効な防衛手段ですよ」
持っていないデータは盗まれようがない。自明だ。
「あと、データを一旦クラウドにアップロードする必要があるのですが、その際の経路にも細心の注意を払っています」
そういうと須貝は身振り手振りを交え、説明を始めた。
「御社と弊社のサーバの間は、どうしてもインターネットを経由することになります。まぁ、全てを専用化することも可能ですが、現実的でない費用を払わないといけなくなります。費用のかかる設備を共用することにより、我々はネットワークを現実的な料金で利用することができる。ここまではご理解頂けますか?」
私がうなずくと須貝はニコリと笑い、言葉を続けた。
「ただ共用ということは、いろんな人のデータが同じ線を通るということ。それは裏を返せば、他人のデータを覗く機会が生まれることを意味します。そこで」
今度は手で筒を作って私を覗き見た。
「みんなが共用で使う回線に、ストローのような筒を通します。仮想専用線、VPNというものです。この中のデータは暗号化されるので、他人には見ることができません。このストローを御社と我が社のクラウドサーバーの間に取り付け、その中にデータを通すことによって、御社のデータを悪意ある第三者から守っているのです」
えーっとつまり……。
「つまり、インターネットの共用の線を使いつつ、私の会社専用の線を使うのと同じ効果がある手法で通信しているからデータ保護について心配ご無用だよ……とこういうことですか?」
私の言葉に驚いたような表情を見せ、須貝は一つ、大きく手を打ち鳴らした。
「そういうことです。素晴らしい。一度で理解してくださる方、なかなかいらっしゃらないんですよ」
「いえそんな。とてもお話がわかりやすかったものですから」
須貝は満面の笑みを浮かべた。
「失礼します」
あれ、誰だろう? と思って振り返った先には、意外……でもない人物が立っていた。