6-1 チサトちゃん、ちょっぴり本気出す
それからというもの、昼は会社で仕事とチサトの「世話」、夕方からはチサト・ラボラトリーズで講義と学習という生活がしばらく続いた。
最初はチサトには振り回されっぱなしだったが次第にコツというのだろうか、こう命令すればシッカリ答えてくれている、という感覚が何となくだか身についてきたような気がする。
会社の連中は相変わらずだけれど、それなりに充実した毎日が続いていた。
一つの小さな成果が突然に、ひょんなことから生まれた。
「すみれさん、すみれさん」
チサトが画面上で手を振っている。今日の恰好はゴスロリテイストだ。ファッションにお金がかからないのは、控えめにいって羨ましい。
「なに、ゴスロリちっくなチサトちゃん」
「その呼び方やめてって、さっきも言ったよね」
憮然とした表情で睨みつけてくる。言われたくなかったら着替えればいいのに。ってのはさすがに横暴か。
「そうだっけ?」
「12分32秒前に言いましたー。ログも残ってんだからね。なんなら再生する?」
「えっ、録音してんの!?」
思わず一段声が大きくなってしまった。
「サービスの品質向上のため、お客様とのやり取りは録音させていただいております」
「なにそのどっかの通販みたいなの」
「インストール時の説明に書いてありますよ? で、すみれさん、ばっちり了解してるけど」
「うっ――」
読んでない。
「まぁ読んでないんだろうとは思っていたけど。……ああ、そんなことよりすみれさん、少し気になるデータが」
「なになに。お局様が新入社員の男の子食っちゃったくらいじゃ、もう驚かないわよ」
「それも少しは面白いけど、もっと面白いことになる、かも。これ見て」
そう言って彼女が提示してきたのは三つの資料。一つは注文書。一つは見積仕様書。もひとつはメール。みたところありふれた仕様のメールに対して見積を作って、それを注文したようだけれど……。
「あれ」
余りの事に素っ頓狂な声が出てしまい、慌てて口を押さえて周りを見渡す。幸い気付いた人はいなかったようだった。
「変だと思うんだけれど、やっぱ変なんだよね、これ」
「うん。これ、ねじ品番が違う。これだときっと規格違いで認証通らないかも」
早速営業部に電話をする。
「はい、営業部川下――なんだ、すみれちゃんか」
なんだという言葉に少々イラっとしたけれど、それよりこの注文を止めるのが先だ。事情を説明し終わるより早くすっかり事態を理解した彼女は分かった、と電話を切った。
「仕事はバリバリできる風なんだけどな」
受話器を見つめて彼女のあのど派手な外見を思いだし、ふふと笑って受話器を置いた。