5-4
「チサトが何者か……ですか?」
須貝がコーヒーカップを口に寄せた手を止め、こちらを見た。
翌日。夕方の講義の合間に昨日の疑問をさっそく尋ねてみたら、多少間の抜けた声が返ってきたので少しムッとした。「そりゃAIですよ。決まってます」なんて返事が返ってきたらキレようかと思う。
……そんな度胸ないけれど。
「それはもう、AIですよ。それ以外の何者でもない」
ほらきた。
「けれど……そのへんのAIとは、多少出来は違いますけれどね」
「というと」
「それはアナタ自身、すでに体験されたのではないのですか?」
「ええ。なので伺っています」
「ま、そうでしょうね」
須貝は肩をすくめ鼻を鳴らした。
「チサトが他の一般のAIと違うところをあげるとするならば……」
手に持ったペンをくるり、くるりと回しながら彼は答えを選んでいるようだった。
「一つは合議制。これはおそらくチサト本人から説明があったでしょう」
「たくさんの分身達と仕事をしている、と言っていました」
「そうですか。うん、それはある意味正しい表現でしょう。チサトは個であり集団なのです」
一度カップに口をつけてから言葉を続ける。
「そしてもう一つ大事な特徴があります。それは……競争原理です」
「競争?」
彼は軽く頷いた。
「彼らにはオーナーへの貢献こそが優先すべき善であるという概念を与えています。それは法と並ぶほどの強制力を持ったものです。そして毎日新たな属性を与えたAIを彼らのコミュニティに投入し、その日の貢献度を競わせています」
「競わせて、どうするんですか?」
もっともな疑問を口にする。
「そこで成績がふるわなかったAIは、処分します」
「あの、処分というのは」
「言葉通りですよ。消去するんです。そのため彼らにはもう一つ仕掛けをしています。消去に対しての恐れの感情を抱くように仕向けているのです。割と真面目に提案してくるでしょう? そういうカラクリがあるんです」
「感情!? 機械がですか?」
「ああ、もちろん疑似的なもの、造りものですよ」
彼らにとって消去とは死そのもの。提案競争に負けたら死あるのみ。
「とんだブラック企業ですね」
「そうですか? 死なないだけで、よその国の会社ではむしろ当たり前のような気がしますが。……ま、このあたりも日本の企業に受け入れられない理由の一つなのかもしれません」
”ウチ、消されてまうん?”
あの時のチサトの表情がふいに思い浮かんだ。
「本当に、よくできていますね」
「当然です」
そして彼は爽やかに笑った。
「我が社の製品は、とても優秀ですよ?」