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「どうしてよ」
「だって男性同士でこんな会話が」
そういって出された内容は、彼女がいかにビッチで男をとっかえひっかえしているかを互いに盛んに意見交換しているログだった。本当は声を出して笑いたいところだけれど、後が怖いのでだんまりを決め込むことにした。
川下の表情から笑顔が消え、食い入るように画面を見つめていたけれど、次第にプルプルと肩が震えてくるのがわかる。
穴が開くほど十分な時間見つめたあと、不意に身を起こしパソコンを見下ろした。
「何なのよ、このオモチャ、全っ然役に立たないじゃない。こんなポンコツ、社長ところに持っていったら怒られるのがオチじゃない? さっさと消してしまったほうが良いわ。ホントもう、失礼しちゃう」
さすが川下。捨て台詞まで気合が入っている。そのままドスドスと音を立てながら部屋を出ていった。……そのまま頼んだことも忘れておいてほしいんだけど、さすがにそれはムリかな。
「すみれさん……」
「なに」
「ウチ、消されてまうん?」
画面上では目をうるうるさせたチサトがこちらを見上げていた。ああクソ、あざとい。
「……しないわよ。今のところは。そんなことよりねぇ、チサト。今の回答って」
「うん、嘘だよ」
泣いていたかと思うと今度はにっこり笑い、平然と言ってのける自称美少女アイドルちゃん。
「やっぱり」
「いま、ああいう手合に擦り寄られたら面倒だからねー」
え? 擦り寄られたら面倒だから嘘をついた、ですって?
「嘘でしょ……」
「え、うん。だから嘘ついたって」
「そうじゃなくて! あなた……本当は何者なの」
「え、だから美少女アイ」
「それはもう良いから」
「そう、ですか? ……私はあくまで多機能AIチサト、です。詳細をお知りになりたいのでしたら、次回我が社においでになったときにでも、代表に質問されるのが良いでしょう」
急に丁寧な口調に変わったチサトに私が面食らっていると、
「ところで社長さんのキャバクラ通いはヤバいよね! アレはもう、キャバクラ狂いといっていいかもだよね!」
などと話が切り替わった。その口調は今までの自称美少女アイドルちゃんのそれに戻っていた。
チサト。確かに相当優秀なAI達だ。ネットで事前に仕入れていたAIの機能のそれとは明らかに一線を画している。いや一線、みたいな筋どころじゃない。大陸の河の流れのように、対岸が見えないくらいにレベルが違う気がする。
このAIは確かにこの古い会社に風穴を開けてはくれるだろう。けれどその穴は、会社そのものを崩壊させるほどの大穴になるような、そんな漠然とした不安を感じずにはいられなかった。
もしかしたら開けてはいけない箱を、開けてしまったのではないだろうか。
目の前のパソコンには、先程と変わらず彼女がニコニコと、私の言葉を待っている。人好きするその笑顔の裏には何が隠されているのだろう。




