4-4
「ね、ねぇチサト。聞いてもいいかしら?」
「はい? なあに、すみれさん」
首をかしげて聞き返すところなんか、あどけない少女にしか見えない。
「アナタがすごく優秀なのはわかるんだけれど、その、このパソコンでこんなことできるとはとても思えないんだけれど、どうなってるの?」
ちょいちょい、と手元のパソコンを指差して尋ねてみる。どう考えたって、これ一台でできる処理量ではない。
「ああ。このパソコンでは私の見た目に関する処理しかしてないからだよ」
チサトは自分を指差しながらへへっ、と笑った。
「それって……つまりどういうこと?」
「私の本体はチサト・ラボラトリーズのクラウドサーバの中にあるからね。さっきまで私の分身……っていうのか子分っていうのか。そういった子たちがいーっぱい頑張ってたんだよ!」
チサトはえっへん、といった感じで胸をはる。
「へぇ。つまり、アナタはひとりで仕事してるわけじゃないってことなのね」
「うん、私達にもそれぞれ得意な分野ってのがあって。たとえば私は音声認識、それに発話機能とアバターを組み合わせた『美少女アイドルチサトちゃん』death!」
そしていつもの横ピースの決めポーズをする。てか自分で美少女っていうとか。
「ま、アイドルってのは冗談だけれど」
冗談なんかい! 最近のAIは冗談まで言うんだ……。
ん? ということは美少女ってのはガチで言ってるのか、この子。なんだ、カワイイな!
「……で、ユーザインタフェースの私からの要求に合わせて、いろんなことに特化したAIを選択して、組み合わせてサービスしてるんだよ」
そう言うと今度は何やら蜘蛛の巣のような画像を出してきた。
「これがさっきファイル検索と解析を行った際の、クラウド内のデータとAIちゃんたちの動きを可視化したものだよ。このチョウチョみたいなの一つ一つが私の分身ちゃん。
よく見るとファイルのアイコンが蝶の間を行き交っている。
「これって、データの受け渡しをしているってこと?」
マウスでツイっと気になった流れを指す。
「そうだよ。AIちゃん同士で情報交換して結果の妥当性や正確性をあげてるの。そのほかに解析が苦手な分野のデータが飛んできたときは、得意なAIちゃんの募集をかけるんだよ。そういったエージェントAIっていう子もいるの。すごいでしょ」
確かにこの仕組みはすごいのかもしれない。けれど、言っていることの半分もわからない。
離れたところにいる一頭の蝶。どうやらこれが私のパソコンにいる、美少女アイドルなチサトちゃんだろう。
「ん? ひときわ大きい蝶がいるわね……ボス的ななにか?」
「まー、そんなものかな。それが言葉の解析と理解、次に結合するAIを決定する中枢AI。大変な役目だから、みんなは敬意を払って『ビッグ・マム』って呼んでる」
「冗談でしょ?」
「冗談です」
「はあ」
「そもそも私達って、それぞれ個体を識別するIDで通信してるから、そもそも名前って無いんだよね、実は……」
チサトは人差し指をつんつんしながら、脇の方を見てごまかすように話す。
「えっ、じゃ、美少女なんとかは?」
「アイドルちゃんって言ったほうがわかりやすいかなと思って。そんな、私、自分を美少女なんて思ってませんから、ちっとも! ええ、もちろんですとも!」
なんなんだ、このチサトというAIは。いや、AI達は。
冗談は言うし嘘もつく。都合の悪いことをごまかそうともする。見聞きした相手の様子から予測した提案や情報を提示する。
まるで本当の女子中学生くらいの受け答え。明らかに普通のプログラムの挙動を超えている。
いつぞやの薄気味悪さがまた、脳裏をかすめた。
そんなときだった。スマホに着信が入った。
相手は「チサト・ラボラトリーズ」。様子を伺う電話だろうか。軽く咳払いしてから電話に出る。
「はい、野路」
「ああ、野路さん! チサトはもう、稼働してますね。それでその、『すぺしゃるチサトちゃん』のチェックボックスをオンにしてインストールしてませんよね?」
やたらに慌てた様子の須貝だった。




