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4-2

「野路さん、なに始めたんだい」


 浦野が興味深そうに首をのばしてきたので、あわてて画面を隠し、


「すいません、昼休みに見ていた動画のリンクをうっかりクリックしちゃって」

 とすぐばれそうなウソをついてしまい心の中でしまった! と思ったけれど、意外と彼は気づかず「ふーん」とすぐ興味を失ったかのように顔をひっこめた。すると同時に周りの連中も先ほどまでの作業に戻り、まもなくオフィスに元の喧騒が戻ってきた。


 ほっと胸をなでおろし、机の中からイヤホンを引っ張り出してパソコンに接続する。

「ボリュームの大きさとか、わからないの?」

「わかるけど、実際の大きさがどれくらいになるのかわかんないから……」

 画面の向こうでしょんぼりするチサト。いきなり人間っぽい反応をするので驚く。


「ああそうか。大丈夫よ、気にしないで」

 すると彼女はパアッと笑顔を取り戻し、ニコニコしだした。

 そのまま私は初期設定の続きを始めることにした。



「――じゃあ、お姉ちゃんが私の管理者ってことでいいんだよね?」

 一通りの設定が終わった後、チサトが小首をかしげてたずねてくる。

「ええ」


「じゃあ、お姉ちゃんのこと、なんて呼んだらいいかな?」

「えっ、うーん、じゃあすみれさん、で」

 一瞬『イエス、マム!』と脳裏に浮かんだが、流石に恥ずかしすぎるので却下。


「わかった、すみれさん! よろしくね。早速だけどチサトね、この会社のこと、もっと、もーっと知りたいの」

 今度は両手をいっぱいに広げて、ゆっくりクルっと回りながら。

「うん」


「いまチサトが接続されているネットワークにいくつかファイルサーバがあることはわかっているの。でね、すみれさんがいいって言ってくれたら私自分で調べられるんだけれど……だめ?」

 右手の人差し指をたてて、口元に持ってきてかしげるポーズ。普通におねだりしてんじゃん。


「ぷっ。……いいわよ」

「わぁい。ありがとう。ちなみにすみれさんの権限って、どんなもの?」

 ぴょんと跳ねて喜びのポーズをしてから、両手を後ろに回してチサトが尋ねてくる。

 本当によくできてるな、このAI()


「権限? ……そうね、今回のチサト(あなた)の導入に関して言えば社長より権限があるかもね」

 少し考えてから、ちょっと嫌味半分に答えてやった。


「ふおお、すごいねすみれさん! うん、だったら大丈夫だね。じゃ、作業を始めるね!」

 だったら大丈夫? 少し言い方に引っかかりを覚えたけれど、そのまま流した。


 画面にはぐるぐるメガネを掛けて書類と格闘するイメージのチサトがせわしなく動き回っている。……この演出、必要なのかしら?

 それは置いておいて、私はいつものエクセルマクロづくりに入った。


 今日は毎月はじめに経営会議で使う前月の営業成績を表示するマクロの修正(・・)だ。


 このグラフ、毎月変わる指標に合わせ、各営業部が書き換えを指示してくる。個別にこっそりと、だ。このときばかりは私に手土産(おやつ)を持ってくる。かりそめの女王様気分が味わえる数少ないイベントだ。


 しかしそんな不毛なグラフづくりマクロを修正しているところで、「これデタラメ出してもばれないんじゃなかろうか」という衝撃の事実に前回気づき、試しに乱数でグラフ作ってやろうかといたずらゴコロでマクロを書いていたら、不意に私を呼ぶ声がした。


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