僕が召喚された日。
ピンク色の空に、赤茶けた草原。僕はどうしてこんなところに...?さっきまでスーパーで買い物をしていたはずなのに...?
「羽柴将期さん...ですか?」
「ひうぁあっ...どうしてこんなところに?」目の前には金髪緑眼の美少女。え...耳がとがってる...?
「私があなたをこの世界に召喚したんです。私の村の危機を救っていただきたくて...」
「は?」召喚?救う?何の話だろう。
「自己紹介が遅れました。私はエルフ族のシャルロッタです。」
「え...エルフ?」わかった。これはラノベでよく見る...異世界ものだ。と、言うことはチート能力が何かあるのでは?そう思う僕をよそに、彼女は、
「こちらの世界にも、羽柴さんのうわさが伝わってきています。」
「ん?」何だろう。
「地球で一番強い方なんですよね?確か...ボクシクシク、でしたっけ?」
「いや...ごめん。人違いだと思う。あと、ボクシングね。」
「え?でも羽柴将期という人が世界チャンピオンだ、と聞いたのですが...」
「同姓同名なんだよ、僕。見た目で分かんない?」僕はヒョロくて小柄な十九歳。対してチャンピオンは百九十センチ超で筋肉質な四十二歳。名前以外の共通点は皆無だ。
「わわっ、申し訳ございません。すぐに元の世界に...って、あれ?どこ行った?」白いワンピースをパタパタさせて何かを探している。
「ど...どうしたの?」
「無い...」
「え?」
「魔石がなーい!」
「えっと...魔石って、何?」僕たちはシャルロッタの村に向かっている。商店で魔石を買いたいのだそうだ。
「私たちの魔力を発動させるための触媒です。使いたい魔法によって石が違って...召喚などの転移魔法は人間界のダイヤモンドによく似た石です。」
「魔石っていくらくらいするの?」
「そうですねぇ...魔法の難しさによりますが...お菓子を買うような感覚で買える値段のものもありますし...豪邸が建つくらいのものもあります。ピンからキリまで、ってところですかね。」
「て、転移の魔石は...?」
「ええと...村外れの小屋くらいはするかな...?」
「ひえぇ...落としたところの心当たりとかって無い?」
「心当たり...ですか?んーと...あ!そういえばコウモリにぶつかられたような...?」
「コウモリ?」キラキラするものが好きなのはカラスだったはずだ。コウモリが持っていった訳ないか...
「あ!シェリーさん!こんにち...え?」人の良さそうなおばさん...だったのだろう。顔色は青白く、虚ろな紅い眼をしている。口の中の歯は、まるでサメのようだ。こちらへ飛びかかってくるシェリーさん。
「危ない!」僕は思わずシャルロッタを突き飛ばし、路肩に転がっていった。いきなり倒れたために見失ってしまったのだろうか。キョロキョロと辺りを見回し、シェリーさんは去っていった。
「何、今の...」
「今のが羽柴さんに解決していただきたかったことです...この村に怪物が出るようになってしまったので、退治していただこうと思っていたのですが...」
「こんな貧弱なのに来られても、って話だよね...」
「はい...その節は、誠に申し訳ございませんでした...」
「「...」」二人して黙り込んでしまい、商店に着くまでの約五分間、僕たちの間に沈黙が横たわっていた。
「あァ?魔石ィ?」と、いかつい商店のおじさん。
「はい...あの、転移の魔石が欲しかったんですけど...ありますか?」
「魔石かァ...今ちょうど切らしちまってて...悪ィな。」
「そうですか...」がっくりと肩を落とすシャルロッタ。
「すまねェな。いっつもひいきにしてもらってるのによォ。」
「すみません、最近出るようになった怪物って、どんな特徴があるんですか?」
「ん?誰だ、てめェ。」
「この方は羽柴将期さんです。私が召喚したんですけど、その...」
「あァ、まァた人違いか。魔力はあンのに、もったいねェなァ。」
「それで、怪物は、どのような...?」
「あァ、すまねェ。えっとだなァ...そいつらは、誰彼構わず噛みついてくる。噛みつかれッちまったやつも怪物になっちまう。昼より夜の方が活発。クロスさせた棒を怖がる、ってくれェかな。あとは...何か最近、コウモリをよく見るようになったなァ。」
コウモリ...噛みつく...もしかして!
「あの、この辺に引きこもりの貴族とかっていませんか?」
「何だァ、唐突に。ここの領主のバンキー公爵はほとんどお目見えにならねェけど...」
「バンキー公爵のお屋敷はどちらにありますか?」
「向こうの山頂だったはずですけど...?どうして?」
「そこに行けば...怪物を消すことができるかもしれない。」
「え?」「は?」
「お屋敷までは何分くらいかかりますか?」
「歩くと半日はかかるからなァ...よっし、馬を貸してやる。二時間かからず行けッからよォ。」
「こんな、異世界人に貸してくださるんですか?」
「おめェに貸すんじゃ無ェ。この村を救うためだ。」そう言って、鞍を二つ手渡してくれた。
「この村の運命はおめェの手にかかってんだからよォ...がんばれ。この世界のヒーローになってくれ。」
「どどどっ、どうしてバンキー公爵の所に...?」
「僕の世界で伝えられている妖怪の特徴と、怪物の特徴がそっくりだったから。」
「貴族の方が関係しているのですか?その妖怪は。」
「関係してるって言うか...貴族が親玉ってことが多い。」
「お、親玉?」
「そう。噛みついて血を吸って、仲間...眷属を増やしていく。吸血鬼っていう妖怪なんだけど...知らないかな?」
「お名前だけは...」山に差し掛かると、空気が変わった。コウモリが増え、地面がゴツゴツの岩に覆われている。
「あっ!これです!この種類のコウモリです!」
「え?」
「このコウモリに石を取られました!」
「やっぱりか...」
「え?」
「多分バンキー公爵が魔石を持ってる。コウモリに盗ませたんだ。」
「どうして...」
「自分を倒させないため。」
「え?倒す?」
「そう。眷属にされた人たちは、親玉が死ぬことで元に戻るんだ。だから、親玉を倒すことが解決への近道。」
「へぇ...そうなんですか...」
「ピギャー」コウモリが群れを成して襲いかかってきた。マズい。こいつらに噛まれたら...吸血鬼になる!
「逃げるぞ!」
「プギョー」「ギャー」命からがらお屋敷...いや、城と言った方が良いだろうか...の前までたどり着いた。
「よし...入ろう。」コンコン...とドアをノックしたものの、返事はない。ドアに手を掛け、そうっと押した。ギギギ...という不気味なきしんだ音を立て、扉は開いた。薄暗く、クモの巣が張った室内。すすけた色の壁と床。うっすらと埃を被った柱時計。生き物の気配が全くしない。するとその時、
「おや、わざわざこんな所まで招待もされていないのに...何のご用ですか?」ロマンスグレーのオールバック、いかにも貴族らしいドレスシャツと深紅のベストを着た紳士が、天井にぶら下がって現れた。頭を下にして、まるでコウモリのように...
「まあ、何でも良いんですけどねっと...」宙返りして床に立った彼...バンキー公爵は、
「どうせ私の眷属...食料ストックになっていただくだけですから。」ゾクリ...と鳥肌が立った。
「久しぶりに目覚めたので、お腹が空いてしょうがないんですよ...では早速、いただきまーす!」首筋に噛みつかれそうになった所を間一髪で避ける。こいつは確実に吸血鬼だ。何か役に立つ物は...あ!
「ちっ...逃げ足の早い...これで終わりだあ!」大きく口を開けたバンキー公爵。その口の中に、僕は...チューブニンニクの中身をぶちまけた。
「......?不味......ぐわああぁぁあぁぁ!」その場でのたうち回るバンキー公爵。体がどんどん灰になっていく。
「えっと...今のは...?」不思議そうな顔をするシャルロッタ。
「吸血鬼の弱点...ニンニクだよ。毒に当てられた、って所かな...」バンキー公爵が灰になりきると同時に、城が消え、あたり一面が美しい花畑になった。コロン...とシャルロッタの足元に、キラキラした石が転がってきた。
「あ!魔石!良かったぁ...」
「やっぱりこいつが持ってたか...」
「羽柴さん、この度は本当にありがとうございました!お礼と言ってはなんですが、これ...」ポケットから金色のバングルを取り出し、僕の腕に着けた。
「黄金製なので、結構高く売れると思います。」
「えっ、ちょっ、」
「いつかまた...会えたらいいですね。」彼女の笑顔とまばゆい光に包まれる。明る過ぎる視界に思わず目を閉じた。
再び目を開くと、そこは...行きつけのスーパーの前だった。いままでの出来事は夢だったのだろうか...?
ふと腕を見ると、そこには黄金のバングル。
「...トマトジュースでも買って帰ろう。」
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