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ヤバイ予感

 アザドーのアジトは、グリンブル市内にある高級ホテルの最上階にある。

 エレベーターは地下通路から直通で、関係者以外は降りることができない。

 このホテル自体がアザドーの持ち物であり、このフロアすべてが組織の本部として機能している。


 グリンブル王国内にはアザドーの支部があちこちにあるが、メトラは組織の首魁として、このホテルのフロアにいることが多い。

 全国の組織のリーダーからの報告が毎日のようにあるので、彼は忙しい。


 それに加え、魔王からトワの捜索協力も依頼されている。

 人員も割いて、全国に手配もしている。

 最近は、聖魔騎士団が捜索範囲を広げるというので、各組織にも手をまわしている。


「ねえ、メトラ。ちょっといい?」


 メトラのいる部屋に、アリーが顔を出した。

 あまり表情の変わらないメトラだが、彼女の顔を見るとフッと優しい顔になる。


「どうした?」

「様子のおかしい人たちが本部に謝りに来たんだって。今地下の部屋にいるわ」

「様子がおかしい?」


 メトラが地下の部屋に行くと、3人の人間の男と3人の魔族が長椅子に座り、その前に彼らの話を聞いてやっていたスタッフがいた。彼らはメトラの姿を見ると、サッと敬礼した。


「メトラ様、ご足労をおかけします。この者たちはヨナルデ組合に派遣していた者たちなのですが、どうも様子がおかしくて、話の要領を得ないのです」


 その男たちは、自分たちの罪を暴露しながらも、どこか虚ろで感情がこもっていない話し方だった。


「これは、…精神操作を受けているようだな」


 メトラは一目で見破った。


「精神操作?」

「精神スキルで、人を操ることができる者の仕業だ」

「しかし、この者たちが言っているアルネラ村というのは、小さな人間の村ですよ。そんなところに精神スキルを持つ者なんかいるんでしょうか?」

「ともかく、確認が必要だ。まずはこいつらが組合の売上金をピンハネしていたことが本当かどうか、至急確認せよ。それから、アルネラ村に人を派遣して精神スキルを使った者について調査してくれ」

「了解しました。すぐに確認します。ところでこの者たち、どうします?」

「ここへ来て謝罪をするということが目的ならば、それを達成した時点で精神操作は解けるはずだ。正気に戻ったところで断罪せよ。処遇はアザドーの規則に準じて行え」

「了解しました」


 メトラの云う通り、彼ら6人は、急にハッ、と我に帰った。


「わ、わわわ!メトラ…様!?」

「俺たち、なんでここに…?」


 彼らはパニックになったまま、拘束されることになった。

 今後彼らは取り調べを受け、その罪を問われることになる。

 メトラが部屋を出ると、アリーが待っていた。


「学校はどうした?」

「今日は止めとくわ。ちょっと今情報が錯綜してて…」

「少し、歩きながら話そうか」

「うん!」


 アリーは嬉しそうに元気よく頷いた。


「魔王様のドラゴンがアトルヘイムに現れて、かの国は今大変なことになっているらしいな」

「ええ。護衛の聖魔騎士団の人に聞いたら、トワはアトルヘイムの帝都に行った痕跡があったらしいわ。それで、ドラゴンに乗って帝国中を探し回ったもんだから、帝国中がパニック状態になったと聞いているわ」

「…魔王様も手段を選んでいられないと見える。焦っておられるのか」

「全く手がかりがないんだもの。心配なんでしょう」


 ホテルの敷地内の人気のない公園を2人は歩いていた。

 アリーにとってはデート気分を楽しみたいところだが、それは組織のリーダーである彼女の立場が許さなかった。


「ダリアが連絡を寄越したの」

「前のリーダーだったダリアか」

「ええ。今も各地で魔族や異世界人の救済をしているわ」

「そうか…元気でやっているのか」


 メトラの反応をアリーはじっと観察していた。

 それに気づいた彼は、アリーの肩に手を置いて彼女の顔を覗き込んだ。


「君がそんな顔をする必要はないんだよ。ダリアは同胞だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ダメね、私。独占欲が強すぎるって、自分でもわかってるん…」


 そう云いかけたアリーの唇がふいに塞がれる。

 彼女は驚いて目を見開いたが、すぐにその目を閉じて、メトラの口づけを受け入れた。

 アリーは体の力が抜けたように足がもつれて、メトラに抱きかかえられた。

 胸の高鳴りがまだ収まらないアリーを落ち着かせようと、メトラは彼女を木陰のベンチに座らせ、話を続けた。


「それで、ダリアは何と言ってきた?」

「うん、それがね…。こちらへの受け入れを拒否していた例の召喚者が、アトルヘイムの皇女を誘拐したらしいの」

「…ああ、そういえば大司教公国方面から戻った部下たちから報告が来ていたな。目的は?」

「帝国に、大司教公国を攻めさせること」

「…よくわからないな。何のメリットがある?」

「単なる恨みみたい。大司教公国を混乱させて大司教に復讐するつもりらしいわ」

「短絡的だな」

「私もそう思うわ」

「ダリアに、計画を中止させるよう進言してくれ」

「もちろんよ。そんなことしたって何のメリットもないんだから。恨みで行動したって、また別の恨みを呼ぶだけだわ」


 そう云って頬を膨らませるアリーをメトラは優しい目で見た。


「君は成長したね。出会った頃とは大違いだ」

「それを言わないでよ。あの頃は子供だったわ…。あなたに酷い言葉をかけたこと、今も後悔してるんだから」

「初めて魔族を見た人間は皆そうだ。普通の反応だと思うが。別に気にしなくていい」

「私は、そういう人間をなくしたいの。差別のない世界を作りたいのよ」

「…これからもきっと君は成長していくんだろうね。それを傍で見ていられるのは嬉しいよ」


 アリーはメトラの顔を見上げて、とびきりの笑顔を見せた。


「うん、見守ってて。あなたが人間をもっと好きになってくれるように頑張るから」


 メトラは自分の肩に頭を摺り寄せる彼女を愛しそうに見つめる。

 彼は、魔王も今探している娘に対してこのような気持ちになったのだろうかと、ふと思った。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・



 2年に渡る『大布教礼拝』を終えて、大司教一行は大司教公国へ戻ってきた。


 勇者候補たちもそれに同行していた。

 彼らの仲間の優星は、先に戻ってきているはずであった。

 ところが彼はいなかった。彼の使っていた部屋には彼の荷物など一切なく、奇麗に清掃されていたのだ。


 彼らはレナルドの元へ押しかけ、優星がどこへ行ったのかと聞いた。

 すると、レナルドは意外な事実を告げた。


「優星さんは勇者候補を外れ、放逐されました」

「放逐?どういうことだ?」

「わかりやすく云えば、クビです。もうこの国にはいませんよ」

「嘘でしょ…!なんでそんな、急に」

「大司教様の鑑定では、もうこれ以上の成長が見込めないと判断されたようです」


 この言い草に、将は怒りを覚えた。


「要するに使い捨てってことかよ…!」

「じゃあ、あたしたちもいずれはそうなるの?」

「お2人に関しては有望だとおっしゃっていましたが」

「召喚から2年以上も経って、まだ候補なのに?」

「成長には個人差がありますから」


 将はレナルドを睨みつけたまま、「行こう」とエリアナの手を取ってその場を去った。


「ちょっと、将!このままでいいの?」

「いいわけないだろう!」


 2人は廊下を足早に歩きながらも、憤っていた。


「こんなの絶対おかしいって。もしかして、俺たちは騙されてるんじゃないのか」

「騙されてる?」

「勇者候補だなんて嘘っぱちなんじゃないかってことだよ」

「そんな…でも、あたしたちが異世界から召喚されたのは確かよ」


 将の足がふと止まった。


「過去の勇者候補がどうなったのか、知ってるか?」

「さあ…。能力のない幾人かは外へ放逐されたって聞いたけど」

「誰も知らないんだ。誰も教えてくれない」

「どうして隠すのかしら」

「後ろめたいことがあるからだろ。俺たちも少しは考えなきゃいけない」

「そうね。考えてみれば、最初にトワが連れ出された時点でおかしいなって…。そして今度は優星までいなくなったわ。次は私か将、どちらかが同じようになるかもしれない」


 将はエリアナに向き直った。


「なあ、俺がこの国を出ると言ったら、おまえはどうする?」

「あたしも行くに決まってるでしょ。絶対置いてったりしないでよ?」


 彼女の言葉を聞いて、将は張りつめていた表情をいくらか緩ませた。


「これは俺の勘なんだが…このままここにいちゃヤバイ予感がしてるんだ」

「あたしも、このままじゃいけないって思う。それに、優星を探したいし」

「もうこの国にはいないって言ってたぞ。どうやって探すんだよ」

「そんなのわかんないわよ…」

「あの優星が、俺たちに何も告げずに出ていくと思うか?絶対どこかで連絡してくると思うんだ」

「それもそうね。彼があなたを簡単に諦めるとも思えないし…」

「諦める?」

「…なんでもないわ。国を出たとしても、近くにはいるかもしれないわね」

「計画を立てよう」

「ゾーイとアマンダはどうするの?」

「あいつらはこの国の市民だし、強制はできない。計画からは外そう」


 彼らに芽生えた疑惑の種は、徐々に育っていく。

 だが、その後に起こる惨劇を、この時の彼らは予想だにしていなかった。

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