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円卓会議

 ポータル・マシンの最後の登録先は、なぜかなかなか起動せず、魔王は焦る気持ちを抑えて一旦グリンブルへ戻った。

 騎士団員たちに、ポータル・マシンを治安維持機構本部へ運ぶよう指示し、魔王はそこで再びマシンのメンテナンスを行った。

 転送マシンが反応し、魔王が転送されたのは、それから数日後のことだった。


 魔王がマシンの台座に現れた時、目の前には、魔法士のローブを着けた者が数人いた。

 彼らは驚き、声を上げようとしたが、魔王は即座にその場にいた全員を気絶させた。

 辺りを見回すと、隣にもう一台同型のポータル・マシンがあった。彼はここで転送実験を行っていたのだと察した。

 カイザーが、倒れている魔法士に擬態して、周辺を探りに出かけた。

 するとそこがアトルヘイム帝国の軍本部であることが判明し、この場所がどうやら魔法局と呼ばれている場所だということもわかった。


 魔王は危機感を感じた。

 もしここへトワが転送されてきたとしたら、黒髪の彼女を見た人間たちに魔族と思われて囚われている可能性が高い。無抵抗の少女をすぐに殺すようなことはしないとは思うが、尋問されることはあるだろう。


 彼はすぐさま空間魔法で治安維持機構本部へ戻り、アスタリスを連れてきた。

 彼の<遠見>スキルを使って、この国の隅々までを探させるために。

 もし、トワを見つけた時、彼女が危害を加えられていようものなら、即座にこの帝都に鉄槌を下すつもりだった。


 アスタリスが、軍本部にはトワの姿はないと報告すると、魔王はカイザードラゴンにポータル・マシンのある部屋で、元の姿に戻るよう命じた。

 ドラゴンの姿に戻ったカイザーは、ポータル・マシンを2台とも踏み潰して粉々に破壊し、その巨体で魔法局の建物の屋根を破壊した。

 カイザードラゴンは、魔王とアスタリスを背中に乗せ、その翼を広げると建物や周囲にいた人々を吹き飛ばしながら宙に舞った。


「アスタリス、我が手助けをする故、この国すべてを上空からくまなく探せ。トワを見つけるのだ」

「は、はい!必ず!」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 基地本部の演習場で訓練を行っていたアトルヘイム軍の兵士たちは、突然目の前に現れたドラゴンに驚いた。

 だが、さすがに彼らはよく訓練された職業軍人たちであり、すぐに戦闘態勢を整えた。

 基地上空に浮かんだ巨大なドラゴンに、兵士たちは弓や魔法で攻撃を開始したが、まったく効き目はなかった。彼らはなすすべもなく、上空を飛び去って行くドラゴンを見送るしかなかった。


 帝都の街中では、ドラゴンの出現に、魔王が攻めてきたと大騒ぎになり、人々はパニックに陥った。

 ドラゴンがそのまま帝国城の方へと飛んで行くと、守備に当たっていた黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)の第2部隊が応戦した。だが傷ひとつ付けることができず、ドラゴンは何度か上空を旋回して、そのまま帝国城から去って行った。

 肩透かしを食らったアトルヘイム軍だったが、その後も帝国領内のあちこちからドラゴンが現れたとの報告が帝国城へもたらされることになり、各地の守備隊は大忙しとなった。


 この緊急事態に急遽アトルヘイム帝国軍部の責任者たちが集められた。


「これは挑発だ!」


 帝国城の作戦会議室にて、大きな円形のテーブルの前で憤っているのは、強面のエイヴァン将軍だった。

 エイヴァンは黒色重騎兵隊を取り仕切る将軍であり、そのいかつい体つきと容貌から皇帝の番犬と揶揄する者もいる、国を代表する武闘派だった。


「まあ、落ち着き給え」


 彼を宥めたのは、エイヴァンの向かい側に座る、頬に傷のある男だった。

 彼の名はグレイ。エイヴァンと共に黒色重騎兵隊を指揮する立場にいる将軍の1人だが、その性格は真逆で、冷静沈着をモットーとしている男である。


「いいや、グレイ。恐れ多くも皇帝陛下のおわすこの帝国城の上空を飛んで行ったのだぞ!このような不敬な行為を許してはおけぬ!」

「その通りだ」


 グレイの向かいにいたテルルッシュ将軍も大きく頷いた。

 彼はもみあげと髭をたくわえた体格の良い壮年の男で、帝都を守る帝国騎士団を総括する立場にいる。


 そこへ、アトルヘイム皇帝カスバート三世が、両脇にクインタス、アントニウスといった帝国将を従えてやってきた。

 円卓についていた将兵らは皆立ち上がって、皇帝に最敬礼をした。

 額に皇帝の証である簡易冠(サークレット)を着けた皇帝の表情は険しいものだった。


「ふむ、コーネリアスがいないようだが」


 皇帝がそう云うと、その直後に扉を開けて魔法局長を務める若き天才コーネリアスが走って飛び込んできた。


「お、遅れました」

「無礼だぞ、コーネリアス」

「申し訳ありません」


 魔法局長コーネリアスに注意したのは、情報局長マニエルだった。

 マニエルは情報局のみならず、治安維持を目的とした警察機構も統括している。

 皇帝を含めるこの8人が、帝国軍を動かしている重鎮なのである。

 皇帝が席に着くと、他の7人も全員席に着いた。


「マニエル、報告を」

「はっ」


 皇帝に命じられたマニエルはここまでわかっている事実を報告した。

 皇女が攫われたこと、サッカラ族が城内に侵入したこと、皇女誘拐犯と疑われる者を捕まえたものの、サッカラ族と共に逃げてしまったこと、地下に捕らえていた魔族が脱走したこと、そして帝国上空にドラゴンが現れたことなどを報告した。


「一度にいろいろなことが起こるものだな」


 皇帝がため息交じりに云うと、マニエルはここから持論を展開した。


「すべて仕組まれたことかもしれません」

「どういうことだ」

「サッカラ族が魔族と繋がっているとでも?」

「ガベルナウム王国には魔族もいると聞きます。繋がっていてもおかしくはないかと」

「帝国城を襲った理由は何だというのだ?」


 テルルッシュが首を傾げると、マニエルは即座に答えた。


「捕虜の奪還が目的ではないかと考えます」

「地下牢の魔族たちか?だがそのほとんどは我が帝国騎士団が城門を出る前に捕らえるか殺したぞ?人間の罪人は多少逃げおおせたようだが」

「ですが地下の上級魔族は取り逃がしました。あれは手足の腱を切ってあるので自力では逃げ出せないはずです。あれを逃がすために他の魔族を囮に使ったのではないかと推測します」

「あれはもう戦えぬ体だぞ?奪還する価値があるものか」


 テルルッシュはマニエルの考えを一蹴する。

 そこへ皇帝が口を挟んだ。


「わからぬことを議論しても始まらぬ。事実だけを吟味せよ」

「はっ。サッカラ族共は、襲撃を終えて引き上げていきました。城内に侵入したのは100名前後、こちらの被害は帝国騎士数名が負傷、サッカラ族らにもかなりのダメージを与えましたが、奴らは脱走した魔族らを囮にして脱出していきました」

「ドラゴンの方は?」

「ドラゴンに関しては、我が国の版図をぐるりとまわっていっただけで特に何か仕掛けてくる様子はありませんでした」

「そもそもドラゴンはどこから現れた?城門の見張りの兵らは誰一人見ていないと言っている」


 テルルッシュが疑問を呈した。

 それに答えたのはコーネリアスだった。


「どうやら魔法局のようです」

「…それは、どういうことだ?」マニエルが彼に鋭い視線を向けた。

「魔法局の建物だけがひどく破壊されていました。そして、先日トルマ市内の例の便利屋の事務所から引き揚げてきたポータル・マシンと、魔法局研究室にあった同じ型のマシンが2台とも踏みつけられたように壊されていました。…つまり」


 コーネリアスは言葉に詰まった。


「何だ、言ってみろ」


 皇帝にせかされて彼は言葉をつづけた。


「魔王のドラゴンは、あのポータル・マシンから転送されてきたものと推測されます」

「…なんだと!」


 コーネリアスはその場で皇帝に向かって土下座した。


「申し訳ありません!私が迂闊でした。便利屋の事務所にあったマシンの転送先をきちんと調べておかなかった私のミスです」

「あんな大きなものが、マシンに乗ってきたというのか?信じられん」


 マニエルは正直な感想を云った。


「いえ、なんらかの魔法で小さくなっていたか、魔法具の中に入り込んできたのではないかと愚考します」

「ふむ…。それではその便利屋が魔王と繋がっていたということかね?」

「そう考えるのが筋かと。実際、その襲撃に紛れて便利屋は逃亡しています」


 マニエルはコーネリアスに厳しい目を向けた。


「そもそもその便利屋とはどこで知り合った?」

「コルソー商会の紹介です。これまでもグリンブルからの品をいろいろと調達してもらっていました」

「…なるほど」

「まさか魔族と繋がっているなど、夢にも思いませんでした。最初からこれが目的で、ポータル・マシンを売りつけたのかもしれません」


 落ち込んだようにコーネリアスは云った。


「その便利屋が、皇女殿下誘拐の嫌疑が持たれていたため、逮捕して城に連行していたことは知っているな?」

「ええ、聞いていました。ですからその事務所にあったマシンを回収して、皇女殿下があれで連れ去られたのではないかと調査していた最中に、このような事態が起こったわけで…」

「しかし、ちょうどその便利屋を取り調べをしている真っ最中にサッカラ族の襲撃が始まったのだ。これが偶然だと思うかね?」


 マニエルの独自の分析に、コーネリアスは眉をひそめた。


「では、情報局長は皇女殿下は魔族に攫われたとお考えなのですか?」

「その可能性もあるとは思う。だが、その便利屋が取り調べで気になることを言っていた」

「それは一体…?」

「大司教公国から派遣されているSS級回復士ホリー・バーンズから、妙な仕事の話を持ち掛けられたことがあると。本人は断ったと言っているが、真偽のほどはわからん」


 このやり取りを聞いていた皇帝はしびれを切らして叫んだ。


「ええい!ともかくサラ・リアーヌを探し出せ!それがなにより最優先だ!」


 ちょうど、そこへ衛兵が入室してきて、マニエルに耳打ちした。


「それは本当か」

「はい。これを」


 マニエルは衛兵から渡された手紙を広げた。

 そこから金色の髪がひと房と、宝石の嵌った髪留めがこぼれ落ちた。

 それを見た皇帝の顔色がさっと青ざめた。その髪留めに見覚えがあったからだ。


「これは先ほど、ポストへ伝言を配送する行商人が、帝国城宛てに届けてきた特配便だそうです」


 全国のポストへ伝言を配送する行商人は、各都市のポストを回って手紙や文書を配送したり回収したりしている。

 特配便というのは、その中でも特に重要な内容の手紙を預かることで、追加料金がかかるものだ。

 マニエルは手紙に目を通すと、立ち上がって皇帝をはじめとする円卓の男たち全員に伝えた。


「この手紙に寄れば、サラ・リアーヌ皇女殿下を誘拐したと…」

「なんだと!どこからだ!?」


 皇帝は興奮して立ち上がった。


「…署名は大司教公国の大司教、となっています」

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