奇跡の人
私が命を救ったのはなんと魔族だった。
暗かったから、人間か魔族かなんてわかんなかっただけなんだけど…。
んでもって私は彼らに魔族の前線基地に連れていかれることになっちゃった。
人間だってバレたら殺されるわよね、きっと…。
どうしよう…。
ん?
あれ?
でも…おかしいわよね。
魔族ってたしか、回復魔法が効かないんじゃなかったっけ?
でもさっきは効いたわよね。確実に。
だってここにその生き証人がいるわけだし。
どういうことなんだろう…?
なんだか変だ。
そもそも私の回復魔法って、下級で人間すらまともに癒せないはずなのに。
魔族の前線基地までは結構な距離があった。
でも魔族の足はすごく速くて、とてもついていけない。
歩き出して間もなく私がへばってしまうと、回復してあげた大柄の魔族の男が私を軽々と抱き上げて運んでくれた。
彼はサレオスと名乗った。
彼らの話を聞いている限り、サレオスは指揮官クラスの偉い人らしい。
なるほど、背も高くて筋肉モリモリで強そうな感じがする。
そして彼を傷つけたのが、魔法使いの女と魔法剣の使い手だということもわかった。
彼は将たちに倒されたのだ。
彼の弟はアンフィスという、少し小柄な魔族で、もう1人はケッシュといってアンフィスの幼馴染みだという。
暗闇の中、どれほど歩いたのかわからなかったけど、行く手に明りが見えてきた。
それは魔族の前線基地だった。
基地の周囲は高い塀に囲まれており、サレオスが門番に声をかけると門を開けてくれた。
塀の内側には狼のような魔物が防犯用に放し飼いにされていた。
私はサレオスに抱き上げられていたから良かったものの、普通に歩いていたらきっと狼に食い殺されていたかも。
基地の入口で警備していた魔族たちはサレオスが戻ってきたとわかると、歓声を上げて彼の帰還を喜んでいた。泣いている人までいた。
人望があるんだな、この人。
基地っていうから、特撮ヒーロー物に出てくる地下組織っぽい洞窟みたいなところを想像してたんだけど、そこは石造りのお城みたいな立派な建物だった。
サレオスが合図をすると、左右に鎖を引いて開閉する形で、大きな鉄の扉が開いた。
なんかすごく場違いなところへ来ちゃった感じ…大丈夫かなあ。
建物の中に入ると、通路の壁には壁掛けのランプのような明りがたくさん灯っていて、とっても明るい。
黒っぽく見えたサレオスの髪が実は少し青みがかっていたことがわかった。
「あの、サレオスさん?どこへいくんですか?」
「謁見の間だ。今この基地に魔王様がいらしている」
「えっ!?」
魔王?
魔王ですって?
魔王はいないって聞いてたけど、復活してたの?
いや、…待って。それはマズイでしょ。
どう考えても、ただの人間が魔王の前に出て無事で済むとは思えないんですけどー!
「どうした?緊張しているのか?」
「え、ええ…」
「人間だからといって、すぐに殺すような真似はせん。安心するがいい」
ってバレてるしーーーー!
ま、そりゃそうか。
将軍クラスの魔族なんだもんね。
この距離にいてバレてない方がおかしいわ。
通路を進むと、ひときわ大きな扉があった。
その向こうが謁見の間らしい。
前線基地なのに謁見の間があるって、なんだか変なの。
扉を開くと、ゲームでみたことのあるような玉座の間がそこに広がっていた。
おお、レッドカーペットが敷かれてる!
玉座には、魔王が…!
って、あれ?
あれが魔王?
その姿は予想してた悪魔っぽいのじゃなくて、10歳くらいの少年のように見えた。
それも黒髪に金色の目をした絶世の美少年。
サレオスたちと共に玉座の前に進み出たところで、私は床に降ろされた。
そこで、皆は片膝をついて、頭を垂れた。
私も慌ててそれに倣った。
「よくぞ戻ったな、サレオス。部下たちからおまえは死んだと聞いていたが」
よく通る声で少年魔王が話した。
「弟のアンフィスとその友人のケッシュが私を探しにきてくれたのです。その時、私の命は尽きようとしていましたが、こちらの方に救っていただいたのです」
サレオスが私を手で示した。
…できれば私を目立たせないで欲しい。
「救った、とはどういう意味だ?」
「おそらく信じてはいただけないかと思いますが、この方は回復魔法で私を救ったのです」
「…回復魔法だと?何を言っているのだおまえは」
「本当です、兄は嘘は言っていません!」
アンフィスは兄を擁護した。
「わ、私も見ました!この女がサレオス様を回復するのを」
ケッシュも同意した。
魔王は、じろり、と私を見た。
あわわわ。どうしよう。
なんか睨まれてる。
魔王は玉座から降りて私の前まで歩いてきた。
あ、やっぱり小さい。
私の胸くらいに頭がある。
小学4年生くらいかな?
…って、いやいや、それどころじゃなかった。
「この人間の女が、回復魔法をおまえにかけたというのか」
あ、やっぱ人間てバレてる。
「はい。致命傷だった傷を一瞬で治してくれました」
「うーむ、信じられん。いまだかつて、そのような者の話はきいたことがない。だが確かにおまえの体は無傷のようだな」
間近で見ると本当に美少年だなー。
大きくなったらきっと美形になるんだろうな。
…あ、いやいや、それどころじゃないんだった。
少年魔王は私の腕を掴んだ。
「試してやる。こっちへ来い」
そう云って、彼は謁見の間から私を連れ出した。
後ろからサレオスや側にいた魔王の侍従たちもついてくる。
私が連れていかれたのは、基地の地下だった。
薄暗い地下の大きな広間に、大勢の魔族が寝かされていた。
広間中にうめき声がこだまする。
すえたような血の臭いが鼻を突いた。
「ここにいる連中は皆、先ほどの戦いで重傷を負った者たちだ。自力で戻ったり警備兵たちが担ぎ込んできたりしたが、ポーションも効かぬほどの状態の者が多く、もはやここで死を待つばかりだ。自己修復スキルを持つ者もいるが、時間がかかるため痛みに悩まされている。どうだ、おまえにこの者たちを癒すことができるか?」
私はそこに寝かされている多くの魔族たちを見た。
床には藁のようなものが敷かれていて、彼らはその上にただ寝かされているだけだ。
彼らは広間を埋め尽くすほど、隙間なく寝かされている。
何の手当もされておらず、流れた血は黒くこびりついていた。
皆、痛みのためにひどくうめき声をあげている。
ひどい状態だ。まるで野戦病院みたいだ。
これが戦争の代償なんだ…。
魔族の回復手段はポーションしかないって云ってたけど、この人数ではポーションがあったところで全員にいきわたらないだろうし、治りきらない者もいるだろう。
ポーションは飲んだり患部に直接かけたりして使うものだけど、全身に怪我をしている者には1本では到底足りない。
「どうした?できないのなら、我に嘘をついた罪人としてこの場で殺すぞ」
魔王は私を脅したけど、そんなことどうでもいい。
この人たちが魔族だろうが何だろうが、傷ついている人を目の前にして選択肢なんか1つしかない。
さっきの回復がまぐれでないなら、この人たちを助けられるかもしれないんだ。
そう、私だけが彼らを助けられる。
もし、失敗したとしても、看護師としてできるかぎりの手当はさせてもらおう。
「やるわ」
私は入口近くに寝かされていた魔族の側に座った。
全身火傷で皮膚が赤黒くただれている。
火傷か…以前は全然治せなかったな。
ダメもとでやってみるしかないか。
「回復」
私が手をかざすと、薄暗い中、自分の手からうっすらと光の粒子が放射されるのが見えた気がした。
すると見る間にその魔族の全身の火傷が癒え、全快した。
「おお!」
後ろで見ていた魔族から歓声が上がった。
だけど今はそんなのに構ってられない。
私は次々と魔族たちを癒していった。
中には腕や足を失っている者もいた。
回復は難しいかなと思ったけど、頭の中で欠損部の再生イメージをすると、なんと元通りに再生することができた。これには我ながら驚いた。
10人くらい癒したところで、残りの人数を見た。薄暗くて正確な人数はわからなかったけど、これひとりずつやってたら何日かかるかわからない。
その間に死んじゃう人もいるかもしれない。
えーい、面倒だ。
私は立ち上がって、その場を見回した。
「この部屋にいる怪我人、全員完全回復ー!」
私は手を上げて、声に出して叫んだ。
こんなんで回復できたらラッキー、くらいに、半分ギャグ気分でやってみただけなんだけど。
するとその瞬間、広間中が陽が射したかのような明るさに包まれた。
その直後、そこに寝かされていた魔族たちが、むくり、と一斉に起き上がってきた。
「痛みが消えた!」
「うおおお!傷が消えた!」
「俺の腕が、元に戻ったぁ!」
皆、傷が治った、回復したと喜んでいる。
「うっそ~ん…」
自分自身、信じられない思いだった。
まさか本当に治せるなんて、正直ビックリしてる。
大司教公国での落ちこぼれの自分は何だったの?ってくらい。
あのホリーもビックリの広範囲回復魔法に成功しちゃった。
たまたま広場に居合わせた魔族らも、実は戦いで軽いけがをしていたようで「俺の怪我も治ってる!」と叫んでいる。
そんなとこまで影響してたのかと、私は思わず笑ってしまった。
「あはは…嘘みたい…」
広間中から、「奇跡だ」と歓声が上がった。
一部の者からは、ポーションじゃないのか?と疑問が上がった。
魔族専用ポーションでは、失った腕や足は戻らないらしく、じゃあ今のは何なんだ?と騒然となった。
最初に回復した魔族が、私の前に平伏して叫んだ。
「この人が回復してくれたんだ!」
すると、その周囲にいた魔族たち全員が、ウェーブのように私の前に平伏し始めた。
「女神様だ!」
「聖女様だ!」
そんなことを口々に叫ぶ。
恥ずかしいからやめて欲しいんだけど…。
その様子を遠巻きに見ていた魔王とその部下たちは口を開けたまま、ただただボーゼンとしていた。
サレオスたちだけが「どうだ」とばかりにドヤ顔になっていた。