新しい仲間
私たちは『黒の目』と遭遇したところから必死に走って、林の中に逃げ込んだ。
そこで一旦小休止することにし、改めて自己紹介をすることになった。
私たちが助けた女性魔族は、イヴリスと名乗った。
見かけは20歳くらいの女性で、赤みがかった栗色の長い髪をツインテールにしている。
紅い革の服と黒い腰下までのマントを身に着けていて、なんというかすごく目立つ。
「こりゃ魔族狩りにも遭うわな」とマルティスがボヤいた。
「助けていただき、ありがとうございました」
と丁寧にお辞儀をした。
言葉遣いも丁寧で、仕草からもかなりの育ちの良さがうかがえた。
話を聞くと、イヴリスはどうやらいずれかの魔貴族の娘らしかった。
「あんた、精霊召喚なんてレアなスキル持ってるんだな」
「はい。一族の中でもそう言われています」
「なぜあんなところに1人でいた?」
ゼフォンが尋ねた。
「実は…家出中でして」
「家出?!」
思わぬ理由に私は驚いた。
「ちょっと親と喧嘩してしまって、そのまま飛び出してきてしまったんです。ちょうど国境もスルーできましたし」
「人間の国境を1人でスルーしたって?」
マルティスは驚いた。
イヴリスが云うには、北の国境付近はまだ壁を建築中で砦の再建にはまだ時間がかかりそうだということだった。それで、多くの魔族が通り抜けていったのに紛れてきたという。
「まだそんな状況だってのか」
「アトルヘイムもあちこちで戦争が起こっていて、手が回らないようだと聞きました。ペルケレから傭兵部隊が派遣されるとか言ってましたけど、費用面で折り合いがつかないとか何とか」
「ククッ、命より金かよ」
マルティスは意地が悪そうに笑った。
「ところで喧嘩の理由は何なの?」
「私の上の兄弟のことで、言い合いになってしまって…」
「兄弟喧嘩?」
「いえ、実は私の上の兄弟が行方不明なんです。親は八方手を尽くして探しているんですけど見つからないもので…私のことなんかほったらかしなんです」
「あー…なるほど…」
つまり、「おにーちゃんばっかり構ってずるい!私も構って!」つーことで家出したってことか…。子供みたいだな。
「それだけじゃなくて、親は私のパートナーまで勝手に決めようとするんです!」
「…まさかそれで女性体なのか?」
「そうです。私にだって意思はあるのに」
イヴリスはかなり怒っていた。
どういうことかとマルティスに訊くと、魔貴族など上流階級の魔族は、一族の能力強化のために強い相手を選ぶ傾向にあるという。
魔族はほとんどが男性体なので、女性化しているとパートナーとして選ばれる確率が高くなる上、繁殖期には子供も産める。子供の親権は産んだ女性体に帰属することが多いらしいから一石二鳥というわけだ。
つまり、イヴリスはお見合いのために女性体にさせられているということなのだ。
「私、グリンブル王国に行こうとしていたんです。あそこなら魔族1人でも暮らしていけるって聞きましたので」
「それなら中央国境から行きゃよかったのに」
「許可証がありませんから、無理です。素性がバレたら親に連絡が行って連れ戻されるだけです」
「へえ、一応考えてんだな」
「それで、うろうろしてるところを魔族狩りにあったということか」
ゼフォンの言葉にイヴリスは頷いた。
「あの、それよりも気になったのは、トワ…さん、あなたのことです」
イヴリスは私を見つめて云った。
「わ、私?」
「先程、私の傷を治してくださいましたね?あれは何ですか?何か特別なアイテムを使用したのでしょうか」
「あ、あのね、私は…」
「そいつは異世界人なんだよ。だから俺たちの想像もできないことをやってのけるんだ。そいつは魔族を癒せる力を持ってる」
「魔族を癒せる?そんなことが…できるのですか?」
「できるからあんたの傷も治ったんだろ」
マルティスの無礼な物言いにも構わず、イヴリスの目が輝いた。
「なんて素晴らしい…!こんな奇跡に出会えるなんて、創造神に感謝です!」
「そんな大げさな…」
「ここで会ったのも運命です!あなたは私の命の恩人です!」
あ…なんか、嫌な予感。
「あの!あなた方はこれからどちらへ行かれるんですか?」
「俺たちはペルケレへ行くんだ」
「それなら私も連れて行ってくれませんか?私には行く宛てがないのです」
「いや、でもあんたお嬢様だろ?家に帰った方がいいって…」
マルティスはなんとかイヴリスをなだめて家に帰そうと説得を始めた。
しかし意外に彼女は頑固で、どうしても私たちと一緒に行きたいという。
「好きにさせたらどうだ」
ゼフォンが云うと、イヴリスはキラキラと瞳を輝かせて彼を見た。
このまま彼女と別れて、1人で旅を続けたら、また魔族狩りに会うかもしれない、とゼフォンは心配していたのだ。
結局押し切られてイヴリスも旅に同行することになった。
「そういえば、魔王様が復活なされて魔王都へお戻りになったそうですよ」
「復活したらしい、って噂は聞いていたけど、本当だったんだ」
「イヴリスは魔王に会ったことあるの?」
「いいえ。私ごとき若輩が謁見を許されるなんて500年早いです」
500年とか、単位がいちいち壮大なのは魔族あるあるなのだろうな。
「でも、もし魔王様がトワさんの能力を知ったら、きっと放っておきませんね」
イヴリスの発言で、マルティスもゼフォンも急に押し黙ってしまった。
「放っておかないって…捕まっちゃうってこと?」
「ああ、捕まったらきっと閉じ込められて、もう自由はなくなるだろうな…」
ゼフォンは神妙な面持ちで答えた。
「俺が魔王なら、おまえを捕らえたら人間に戦いを挑むね。100年前のリベンジをするためにな。魔王軍を再編して人間と戦わせ、そんで片っ端から魔族を回復させるのさ」
「戦争…するの?」
マルティスの言葉に、私は動揺した。
捕らわれて、戦争に連れていかれるなんてありえない。
「たしかに100年前の人魔大戦に、もしおまえがいたら魔王軍は負けなかったかもしれないな」
「あ…そっか。人間が勝てたのは回復魔法があったから…」
「その優位性が無くなるわけだからな。そういう意味では魔王だけじゃなく、人間からも狙われることになるな」
ゼフォンが脅かすようなことを云うから、ちょっと怖くなってきてしまう。
どうしよう、本当に怖いのは魔王より人間なんだわ。
魔族を癒せるなんてわかったら、私、人間に殺されちゃうんだ…!
「俺がお前を守ると言った意味がわかったか?」
「う、うん…」
このやり取りを見ていたイヴリスは何かを閃いたようだった。
「今、わかりました。私がここであなたにお会いしたのはこのためだったのです!」
「え?何だって?」
マルティスが聞き返した。
「トワさんをあらゆる悪の手からお守りするためだったのです!そのために神が私をここへ導いてくださったんですよ!」
「おいおい…」
マルティスは呆れていた。
「まあ、落ち着けって。だいたい魔王がそこらへんにいるわけがないだろ?それに復活したばかりで人間の国になんかそうそう来ねえよ。そもそもトワの素性はまだ誰にもバレてないはずだ」
「しかし、おまえはペルケレでトワに能力を使わせるつもりなんだろう?そんなことをしたらあっという間に噂が広まるぞ」
「大丈夫だって、上手くやるから。ほら、いらんことを言うから、トワが怯えちまったじゃねーか」
私が肩をすくめて両腕で自分の胸を抱いていると、ゼフォンが傍に来て、私の背中をポンポンと軽く叩き「大丈夫だ」と囁いた。
「スイマセン、私が余計なことを言ったせいで…」
イヴリスは私に向かって頭を下げた。
「いや、無知なコイツに世間を教えてやるいい機会だったよ」
「無知で悪かったわね…」
「では、私もトワさんの騎士となってお守りします!魔王様にも悪い人間共にも渡しません!」
イヴリスが突然、そう宣言した。
ついさっき会ったばかりだというのに、彼女はどうやら思い込みが激しい自己陶酔型のようで、「それが運命だ」だの「このために私は生まれてきた」だのと云い出した。
まるで学芸会の劇を見ているようにオーバーなジェスチャーで、一生懸命私にアピールしてきた。
ゼフォンが「まあ、いいんじゃないか」と笑って云ったので、私もそれに同意した。
「そ、そうね。じゃあお願いするわ」
すると、ゼフォンの時みたいにイヴリスの身体がまばゆく光った。
それは私と彼女の間に契約が結ばれた瞬間だった。
第四章はこれでおしまいです。間章を挟んで第五章に続きます。