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アルネラ村での出来事

 アルネラで働き始めてから2週間が経った。

 ゼフォンの働きで収穫はかなり順調だった。

 そんなある日、村に似つかわしくない派手な馬車がやってきた。

 馬車から降りてきたのは、なにやらじゃらじゃらとアクセサリーを身に着けた中年男だった。

 村長が応対していたところを見ると、相手はどうやらヨナルデ組合の組合長らしい。


「なあに?あれ」

「いけ好かないヤローだな。いかにも成金ですって感じだな」


 私とマルティスは納屋から村長と組合長の様子をこっそり見ていた。

 話をしているうちに組合長の態度が変わり、村長が慌てていた。


「ちっと行ってくるわ」

「え?ちょっとマルティス…!」


「待ってくれ、今より配分を下げられたらやって行けん!」

「いや、ここはマシなんだ。東の地区じゃ干ばつが続いていて2期も作物が取れない状態なんでね。こっちから回してあげないと。ほら、それが組合ってもんだろう?」

「そのためにあんたら組合が予備を持っていってるんじゃないか!」


 そこへ、マルティスが組合長と村長の間に割って入った。


「はいはい、だいたい状況はわかった。組合ってーのは相互扶助を目的とした組織だもんな」

「な、なんだおまえは?」

「だけどさ、それは組合が被るのが普通で、生産者に負担を強いることじゃないよな?」

「そうだ、そういう契約のはずだ」


村長がマルティスの言葉に後押しされた形で、断言した。


「う、うるさい!決めるのは私だ!」

「いいや、決めるのは組合員だよ」


マルティスは理路整然と云った。


「なっ…!何なんだ!おまえ…」

「そもそも配分も少ないよな?今いくつだったか?」

「7:3だ…」

「そりゃあおかしいよな。あんたもそう思うだろ?」

「う…」

「最低でも5:5じゃなきゃさあ。組合は儲けすぎだよな?」

「そ、そうだな…5:5が妥当だ」

「だよな?そもそもこの村は安定して収穫があるんだ。アルネラ村の配分は5:5だ。文句はないな?」

「あ、ああ…文句はない」

「よし。じゃあ決まりだ」


 村長は何が起こっているのかわからないまま、組合長を見送った。


「あ、あの…今5:5って、言わなかったか?」

「ああ、言ったよ。今月から組合のこの村の配分は5:5になった」

「一体何がどうなって…?あの組合長がそんなことをいうわけがない」

「まあまあ、そういうこともあるんだって」


 村長が首をかしげながら歩いて行った。

 マルティスは鼻歌を歌いながら戻ってきた。

 いつの間にか私の隣に来ていたゼフォンが、マルティスに向かって云った。


「おまえは精神スキルを使うのだな。しかもかなりの上級スキルだと見た」

「精神スキル?って何?」

「おまえは知らなくていいの」


 マルティスはそう云って私の前を通り過ぎた。


「何なの?」


 私はゼフォンに説明を求めた。

 彼はしばらく無言のまま、私を見つめていた。


「平和な人間関係のためには知らなくていいこともある」


 そう云って去って行った。


「ちょっとー!私だけ仲間外れってひどくない?!」



 それから5日後、再び馬車が村を訪れた。

 今度は馬車が3台に増えていた。


「おいでなすった」


 マルティスがのんびり云った。

 この事態を彼は予想していたのだ。


「ゼフォン、よろしく頼むよ」

「わかった」

「トワもな」

「オッケー!」


 馬車から降りてきたのは組合長と、組合員2名、それに見るからにいかつい男たちが6名でそのうちの半分が魔族だった。


 マルティスは村長の代わりに対応した。

 村長をはじめ、村人たちには家から出ないようにマルティスから話をしてある。


 まず魔族が前に出てきた。

 かなりガラの悪い連中だったけど、一見して下級魔族だとわかった。


「誰か、うちの組合長に精神スキルを使った者がいるようだな」

「そ、そうだ、この村から戻って来て組合長はアルネラは5:5、とばかり言っているんだ。頭がおかしくなったかと思ったぞ」


 組合長の横にいた組合員も同調した。


「それが正しいことだからですよね?組合長」

「そ、そうだ。そうだとも」

「ほら、ね?」


 マルティスがそう身振りで答えると、いかつい男たちが「ふざけるな!」と襲い掛かってきた。


「ほい、出番だよ」


 マルティスが男をスッと躱すと、彼の後ろからゼフォンが現れて、男の胸倉を掴んで持ち上げた。

 取り囲んでいる男たちよりも頭一つ分背の高いゼフォンの登場に、彼らは怯んだ。


「な、何だおまえは…!」

「おまえたちこそ何だ」


 ゼフォンは持ちあげていた男をそのまま投げ飛ばした。


「くそっ、上級魔族がなんでこんなとこにいるんだ!」

「見せしめだ、やっちまえ!」


 男たちは腰に帯びていた剣を抜いてゼフォンを取り囲んだ。


「ゼフォン!はいこれ!」


 私はゼフォンに農耕用の柄の長い鍬を投げた。


「すまんな」


 ゼフォンは鍬をまるで槍のようにぶんぶんと振り回し、構えた。

 彼は、襲い掛かる男たちの足元をその長い柄で薙ぎ払った。


「さすが闘技場のチャンピオンだ。強いねえ」

「暢気に解説してる場合?」

「問題なさそうだからな。お前の回復も必要なさそうだし」


 マルティスの云う通り、ゼフォンは男たちをあっという間に倒してしまった。

 組合員たちは口を開けたまま、呆気に取られていた。


 そこでマルティスは再び出て行き、倒れている男たちに向かって云った。


「あんたらアザドーだろ?」

「なっ…!なんでそれを…」

「組合の用心棒だけならまだしもさ、組合脅して金ピンハネしてんだろ?それ組織の上の人、知ってんの?」

「いや、それは…」

「何なら俺がチクってもいいんだけど。自分から言って謝った方がいいよな?」

「あ…ああ…」


 その様子を見ていた私は、ようやく気付いた。


「わかった…!マルティスって言葉で人を操ってるんだ」

「…気付いたか。そうだ。操られている本人はその意識はないがな」


私の前に立っていたゼフォンが振り返りながら教えてくれた。

更にマルティスは組合員に、この村の特産のソレリーをブランド化して販売するように勧めていた。

こういうとこは商売人なんだなと感心した。


「もしかして私も操られてたりして?」

「俺がいるからにはそんなことはさせん」

「えっ?ゼフォンは大丈夫なの?」

「俺には精神耐性がある。俺の傍にいれば操られることはない」

「それはグッジョブ!いいこと聞いたわ」


 結局、組合長と組合員は5:5の配分を保持したままで組合本部へ帰ることになり、アザドーという組織の男たちは組織の本部に行って自分の罪を告白するというミッションを自らに課すことになった。

 これらすべてはマルティスの精神スキルによって操られた結果だった。


「ねえ、アトルヘイム帝国でもその能力でなんかやらかしたんでしょ」

「いや、あれは俺だって被害者なんだ。おまえがいなきゃ死んでたんだぞ」

「だから何やらかしたのよ」

「まあ、いいじゃないか。もう終わったことだし」

「おまえはいいが、トワを巻き込むなよ」


 ゼフォンがマルティスをたしなめるように云った。

 マルティスは「へいへい」と返事をした。


 その月の終わり、村の配分が本当に5:5になったと村長が喜んで報告に来た。

 おかげで私たちの貰えるお給料もちょっと弾んでもらえた。

 その後、この村のソレリーがブランド品として大人気となり高値で取引されることになると、組合との立場が完全に逆転して村が豊かになって行くことになるのだった。


 収穫期が終わるより少し早く作業を終えた私たちは、村を発つことにした。

 その夜は村人たちが送別会を開いてくれた。

 ゼフォンは村の若い女性たちから、そりゃあもうモテモテだった。で、口の上手いマルティスはおばちゃんたちからお酒を勧められてそれなりにご機嫌だった。

 私は村長さん夫妻と話をしていた。

 村長の息子はダイスといって、私と同じくらいの年頃だそうだ。

 話を聞いていると、息子をとても可愛がっているんだとわかった。

 今月から、息子に送る仕送りを増やしてやれると喜んでいた。


 私は席を立って、外に出た。

 空には満天の星。

 村長さんと話していたら、元の世界の両親のことを思い出した。

 今頃どうしてるのかな。

 私が死んだって悲しんでるかな。


 …。

 …。


 ああ、ダメだ、こんなんじゃ。

 元気出せ、私。


 この世界で生きるって決めたんだから、落ち込んでちゃダメ。

 だけど、勇者として召喚されたのにクビになって、マジでどうしたらいいんだろう。

 やっぱり魔王を倒さなくちゃいけないんだろうか。

 でも、村長の話を聞く限り、そんなに悪い人とも思えなくなった。

 そもそも今、魔族と一緒に旅してるのに、魔王を倒すとか実感がわかない。


 この世界で私がやるべきことって何だろう。

 今迄みたいに、言われたことだけやってちゃダメなんだな。

 ちゃんと自分で考えて、行動しなくちゃ。


「よう。物思いにでもふけってんのか~?」

「マルティス…。酔ってるの?」

「おばちゃんたちがなにかと勧めてくるんだよ。まあともかく、ちっと寄り道したけど、ようやく出発だなぁ」

「そうだね」

「ペルケレに行ったら儲けるぞー!」

「出たよ、金の亡者」

「おまえのやるべきことはぁ!俺様を金持ちにすることだかんな!」

「あ~、そうだった。あんたにお金返さないといけないんだっけ」

「10倍、いや100倍にして返せよ!頼んだからなぁ~!」


 マルティスはそう云ってまた宴席に戻って行った。

 私は溜息をついた。

 そんな私の様子を、ゼフォンは横目で見ていた。


 当面、借金を返すことが私のやるべきことになりそうだ。

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