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村娘とソレリー

 人間の国において大きな面積を占めるヨナルデ大平原は、人間の国に流通している食糧の約半分を賄う大農業地帯だ。

 昔は、各村単位で近くの町や村に穀物などを販売していたのだが、流通量が増えてくると、それをまとめて販売を代行する組織が現れた。

 それがヨナルデ組合だ。


 ヨナルデ組合は各国の首脳と繋がり、かなりの力を持っているという。

 今では組合が、各村への売り上げの配分を決めているのだ。


 アルネラ村もその組合に属している農村の1つだった。

 私たちは、この村で働かせてもらいたいと申し出た。

 通常、収穫期を迎えた村々には組合から派遣された案内人がいて、働き手を紹介してくれるのだが、この小さなアルネラ村にまでは手が回らなかったようだ。

 そのため、働き手が足りないこの村の村長のカルド・オヴェリアンは、私たちを魔族と知っても、快く受け入れてくれた。

 村長は特に、ゼフォンの逞しい体つきを見て、力仕事を任せられると喜んだ。


 村で働かせてもらうことになった私たちは、村人たちの元へと案内された。

 マルティスは、私たちにボソッと呟いた。


「組合の奴ら、かなり暴利をむさぼってるって話だ」

「そんなの、なんで皆黙って見てるの?」

「背後に強力な組織がいる」

「ぼ、暴力団的な?」

「暴力団?おまえの世界ではそういうのか」

「そいつらは魔族なのか?」ゼフォンが話に入ってきた。

「ああ、魔族もいる。組合を抜けようとするとそいつらが脅しにくるって聞いたことがある」

「あんたって、何でも詳しいのね」

「まあな。商売人は情報が命なんでね」


 私たちは、村の納屋を借りて、そこの2階で寝泊まりすることになった。

 ところが2階は仕切りのないだだっ広いワンルームで、マルティスは「ここで3人で雑魚寝すりゃいい」なんて云うもんだから、私は女子として猛抗議した。

 するとゼフォンが納屋から木の衝立を持って来てくれたので、私の寝るスペースは最低限のプライバシーを保てるようになった。


 翌日から私たちはさっそく村人たちの手伝いをすることになった。

 ゼフォンは農作物の刈り取り、マルティスは家畜用の牧草を運び、私は収穫物の選別をすることになった。


 収穫期は二月ほどで、広大な農地を手で刈り取るため、人手が全然足りないのだという。

 私が、農機とか農業用機械はないのかと村長に聞くと、機械は高くて購入できないと云い、息子が農機具を作るためにグリンブルにある学校に通っていると話してくれた。

 するとマルティスが口を挟んだ。


「あそこは有名なマシーナリー科があるからな。けど、学費がバカ高いっていうぜ。大丈夫なのか?」

「息子も市内でアルバイトをしてなんとかやっているよ。今年の収穫期には帰ってくるとは言っていたんだがね…。なんでも友だちが行方不明になったとかで、探すのを手伝っているから無理だと連絡してきたんだよ」


 村長のカルドが残念そうに云った。


 だけどその村長をも歓喜させたのは、ゼフォンの仕事ぶりだった。

 広大な畑には、小麦に似たブッフェという作物が黄金色の実をつけて風にそよいでいた。

 村人から、刈り取り用の鎌を受け取ったゼフォンは、最初はひとつひとつ、手で刈り取っていたのだが、ふと思いついて、近くで刈り取りをしていた村人を下がらせ、鎌をまるでブーメランのように投げた。

 すると、鎌は大きく弧を描き、その軌道上にあるブッフェの穂をすべて刈り取った。


「おおー!」


 それを見ていた村人たちから思わず拍手と歓声が上がった。

 村人はゼフォンの(スキル)を見て、今度はもっと大きな鎌を彼に渡した。

 ゼフォンはその大きな鎌を苦も無く振り回し、遠くに投げるとより多くの穂を刈り取ることができた。

 それを何度か繰り返していると、あっという間にその畑の穂はすべて刈り取られた。

 あとはそれを運ぶだけの作業だ。


「あんた、すごいねえ!おかげで3日はかかる仕事が一瞬で終わったよ」


 と村長は上機嫌だった。


 ゼフォンの働きもあってか、アルネラ村の人たちは私たちに親切にしてくれた。

 マルティスだけは、ゼフォンが村人の、特に女性たちからチヤホヤされているのが気に食わないみたいでブツブツ文句をたれていた。

 その日の夜も、私たちは村長の家で食事を御馳走になった。


「この村の人たちは魔族を見ても驚いたりしないんだな」


 マルティスが興味深そうに云うと、村長がその理由を話してくれた。


「向こうの丘にひときわ大きな木があっただろう?」


 村長が窓越しに指さした方向には、緑が生い茂る大きな木が一本立っていた。


「あの木の根元に、シェーラという女性が眠っているんだよ」


 かつて、このあたり一帯は不毛の地で、植えた作物がなかなか実らず、人々は飢えに苦しんでいたという。

 それは、今から200年以上も昔の話だった。

 ある日、1人の旅人が村の近くを通りかかった。

 その人は、持っていた種を村の近くに植えた。


 するとその種はすぐに成長し、あっという間に実を付けた。

 それを見ていた幼い少女が、その実を収穫させてくれないかと旅人に願い出た。

 その少女がシェーラだった。

 少女はその実を村へ持ち帰り、村の者に分け与えた。

 少女から事情を聞いた村人たちは、その実の種を分けて欲しいと旅人に願った。

 旅人はそれを許す代わりに、村に滞在させてほしいと云った。


 村に滞在することになった彼は、シェーラと心を交わし、子供の遊びを毎日のように楽しんでいたという。

 旅人は、他の作物の種も蒔いて、村の周辺を一面の畑に変えた。

 数年で村は飢えから解放された。

 やがて村は豊かになり、人口も増えていった。


 旅人の楽しみはシェーラと語り、平原や野山を子供たちと駆け回ることだった。

 時は移ろい、シェーラは少女から娘へと成長していった。

 ところが、旅人の姿は以前とまったく変わらなかった。


 そこで初めて彼らは旅人が人間ではないことに気が付いた。


 村の者たちは、恩も忘れ、姿の変わらぬ彼に恐れを抱き、村から出ていけと云い出した。

 ちょうどその頃、付近に作物狙いの魔物が現れるようになって、それすらも旅人のせいにされたのだった。

 だが、シェーラだけは変わらぬ態度で彼に接し、彼を庇っていた。

 しかしある日、ついに彼は村を出ていくと告げた。


 するとシェーラは、彼に一緒に付いて行くと云い出した。

 両親も、村の者も皆反対したが、シェーラの心を変えることはできなかった。

 旅人は、シェーラの願いを聞き入れ、彼女を連れて旅立った。


 それから30年の時が経った頃、再びその旅人が村に現れた。

 シェーラの亡骸を抱いて。

 旅人は、自分の不注意でシェーラを死なせてしまったと云い、村人たちに謝罪した。


 シェーラの両親は既に他界していたが、彼女の弟が姉の遺体を葬ることになった。

 当初、弟は旅人を攻めたが、笑顔のまま亡くなっているシェーラを見て、思い直した。

 そもそも、村人たちが彼を村から追い出したりしなければ、姉が彼に付いて行くことはなかった。

 事の発端は、自分たち村人が彼への恩を仇で返したことから始まったのだと、シェーラの弟は旅人に謝罪した。


 すると旅人は彼に、シェーラが好きだったという果実の種を渡し、彼女をこの地が見渡せる丘に埋めてくれれば、未来永劫この地に豊かな実りを約束しよう、と誓ってくれたという。

 村人たちは約束通り彼女を葬ると、旅人は村の周辺になにやら魔法のようなものをかけて去って行ったという。

 その後、シェーラの亡骸を葬った後には緑の芽が出て、あのような大きな木になったのだ。


「それ以来、この地は200年もの間一度も干ばつや天災に遭っていないんです。他の地域が不作の年でも、ここだけは無事だったんですよ。害獣や魔獣も来ない。それもあの方のおかげだと思っています」


 そこまで話すと、村長は自分の妻に合図して、籠を持ってこさせた。

 その籠の中には苺みたいな果物が入っていた。

 マルティスだけがそれを見て驚いていた。


「これは…ソレリーの実じゃないか…!」

「これがその時の種からできた果実なんです。どうやら魔族の国の果物のようですね。人間の国でこれを作れるのはうちだけなんですよ。これがなかなか評判が良くて」

「知ってるの?マルティス」

「ああ…これは俺の故郷の特産品だ」

「ソレリーといえばナラチフ産だな。そうか、お前の故郷はナラチフだったのか」


 ゼフォンは籠からひとつ取り出してソレリーを頬張りながら云った。

 私もひとつもらって、食べてみた。桃みたいな味で甘くてすごく美味しい。


「…なあ、その旅人、なんて名前だった?」


 マルティスの質問に、村長は少し興奮気味に答えた。


「それが、ゼルニウス、と名乗ったんです。後々調べてみたら、その名前は魔王だっていうじゃありませんか。もうビックリしたのなんのって」


 ゼル…ニウス?

 妙にモヤモヤするけど、私にもその名前は聞き覚えがあった。


「確かにゼルニウスというのは魔王の名だが、こんなところに1人でふらふらと来るなんて、ちょっと考えにくいな」


 ゼフォンが異を唱えた。


「でしょう?だからちょっと半信半疑だったんですが…村の者たちがおかしなことを言ったというんです。どうやらその時の村の者たちが言うには、ゼルニウスさんの姿がみんな違って見えていたようで…。ある者は2メートルくらいの大男だって言ったり、ある者は少年のような若者の姿だったと言ったり。それで、ゼルニウスさんの容姿についてはよくわからないってことになったんですよ」

「そんなことがあるの?」

「…まあ、魔王だからなんでもありなんじゃねえの?」

「マルティスは魔王に会ったことある?」

「一度だけな」

「へえ…マルティスにはどう見えてたの?」


 私の質問にマルティスは答えず、ソレリーを頬張っていた。


「まあ、とにかくそういう事情もあって、この村では魔族を恐れる者はいないのですよ」


 村長は話をそう締めくくった。

 その後は、また別の話題になった。


 マルティスはソレリーを懐かしそうに見ながらこっそり呟いた。


「俺には恐ろしい魔神に見えたよ」

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