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デジャヴ

 私たちは、追手が来ないかとヒヤヒヤしながら旅を続けた。

 アトルヘイム帝国の版図からようやく脱したところで、一息つくことにした。

 なだらかな丘が続く林の中で、私たちは野宿の準備をしていた。


 傭兵生活が長かったゼフォンは、こういったサバイバル生活には慣れていたようで、手枷についていた鎖を武器にして、いとも簡単に野生の獣を仕留めてくる。

 彼がナイフで獲物の皮を剥いでさばいていく様を目にして、「ひゃっ!」と思わず声を上げて目を背けると、「向こうへ行ってマルティスの手伝いをして来い」と追い払われた。


 マルティスは火おこしから料理まで全部やってくれる。

 食事は大司教公国のよりいくらかマシだったけど、マズイなんて云おうものなら、「二度と食うな」とお皿ごと奪い取られることになるのだ。その時はひたすら謝って返してもらったけど、その後「働かざる者食うべからず」なんてお説教が小一時間ほど続いたのだった。

 慣れない野宿が続いていて、疲れが蓄積していた私は、「お風呂に入りたいなあ…」と思わず愚痴をこぼしながら、マルティスの元へ歩いて行くと、


「ぜーたく言うんじゃねえ。川で行水でもしとけ」


 と冷たく云われる始末だった。


「ほら、ブツクサ言ってないで水汲んで来い。そんくらいしかできねーんだから」


 彼の言う通り、私はせいぜい川まで行って水を汲んでくるくらいしか役に立てない。

 最初に野宿をした時、なにもできなかった私を、マルティスは容赦なく罵倒した。


「おまえって使えねーな。今まで周りの奴らにチヤホヤされてきたんだろ?いいか?役立たずはこの世界じゃ生きていけねーんだ。おまえも自分のできること見つけて、少しは働けよ?」


 酷い云われようだけど、私は大司教公国での生活を思い起こして何も云い返せなかった。

 たしかに生活周りのことは全部侍女かレナルドがやってくれていて、何もする必要はなかった。食事の支度なんて、この世界に来てから一度もしたことがなかったし。

 まあ、元の世界にいた時でも、自炊はしてたけど料理とかそんな得意な方でもなかったんだけどね…。

 仕方なく、桶を持って林の奥へと出かけて行った。


 林の奥には小川が流れていた。

 水浴びするには水の深さが足りないので、水を汲むだけにした。

 私は「はぁ」と溜息をついた。マルティスの云うところの生活スキルってものがないと、この世界では何事もうまくできないってことを聞いて、自分の何もできなさ加減にうんざりしたからだ。

 なにか、できることないのかなあ、と考えてはいるのだけど、なかなか見つからない。


 両手で桶を重そうに持っていると、どこからか現れたゼフォンが「俺が持とう」と云って私の手から桶を取り上げた。


「あ、ありがとう」


 隣を歩くゼフォンは背が高くガッチリしていて筋骨たくましかった。

 白金の髪を後ろに撫でつけて額を出すと、額の真ん中から黒い角が1本突き出ていたことに気付いた。

 マルティスが彼のことを『雷光のゼフォン』と呼んでいた理由がわかったのは、彼が自分の手首に嵌められていた鉄の枷を、自ら電撃を落として外していたところを見たからだ。

 彼は雷属性という非常に珍しい属性を持っていて、戦闘系のスキルを多く持つ生粋の戦士なのだ。


「ゼフォンは、どうして傭兵団にいたの?」

「…力試しをしたかった。闘技場ではもう俺より強い相手に巡り合えなかったからな。だが、行く先々の戦場で、俺程度の戦士はザラにいるということを思い知った。手柄を焦った俺は戦場での立ち回り方を無視して、あっというまに敵に包囲されてしまったんだ」

「味方は助けにこなかったの?」

「俺たちは傭兵だからな。自分の責任は自分で取るのが掟だ。他人のために危険を冒すバカはいない」

「そうなんだ…厳しいのね」

「おまえは?どこから来た?」

「私はね…」


 私はゼフォンに、大司教公国で異世界から召喚されたこと、本当は人間であることを話した。

 彼は驚いたけど、人間に対して恨みとかは抱いていないみたいだった。

 人魔大戦を生き抜いた彼は、自ら戦う場所を求めてペルケレへ流れ着いたと云った。


「そうか、おまえは人間か。…残念だな。ようやく運命の相手に出会えたと思ったのだが」

「運命の相手…?」

「おまえが魔族なら、繁殖期のパートナーに誘おうと思っていた」


 繁殖期?

 パートナー?

 その後、私は彼から魔族についての衝撃的な事実をいろいろと聞いたのだった。

 驚きっぱなしの私に、彼は告げた。


「おまえはあのまま死を迎えるはずだった俺に再び生きる力を与えてくれた。だからこの命はおまえのものだ。おまえが不要だというまで、守らせてはくれないだろうか」


 あ…れ…?

 なんだか、前にもこんなことがあったような…。


「でもペルケレに戻ればゼフォンはチャンピオンなんでしょ?私なんかに構ってる場合じゃないんじゃ…」

「迷惑か?」

「ううん、そうじゃないわ。ただ、私は人間だし、役に立たないダメ女だし…ゼフォンみたいな人に守ってもらう価値なんかないよ」

「そんなことはない。俺を見ろ。手も足も動かなくて左目も失っていたんだ。それが今はすっかり元通りだ。これはおまえが起こした奇跡なんだ。こんなこと、他の誰にもできない。おまえはそういう存在なんだ。そしてそれはお前が思っている以上に大変なことなんだ」


 ゼフォンの熱弁に押され気味の私は、もう受け入れるしかなかった。


「わ、わかった…。じゃあさ、とりあえずペルケレに着くまでってことでどうかな?その後ゼフォンが闘士に復帰するんなら自由にしていいし」

「おまえがそれでいいのなら。だが俺の気持ちは変わらないから」

「じゃあ、それで決定ってことで…」


 その時、ゼフォンの身体が突然光った。


「…むっ」

「えっ?何?」

「おまえとの契約が結ばれた、と…。おおっ…!」

「どうしたの?」


 ゼフォンは私の目の前でその姿を変えていった。

 ガッチリしていた体は少しだけ痩身になったものの、その筋骨逞しいのは変わらず、引き締まったいわゆる細マッチョな体型になった。

 そして一番変わったのは、その額にあった角が無くなったことだ。

 その影響か、それまで少し野性的だった彼の顔もスッキリと凛々しく男らしい容貌に変わっていた。


「な…何が起こってるの…?契約って何?」


 そう云いながらも、なぜかこんなことが前にもあった気がしてならない。

 こういうの、デジャヴっていうんだっけか…。


 ゼフォンは桶を置いて、自分の顔を両手で確かめた。

 それから、私の両肩に手を置いて云った。


「おまえは神か?こんな力が、普通の人間にあるはずがない!」

「ねえ、ちょっと落ち着いて?ちゃんと説明してくれる?」


 ゼフォンは自分の身に起こった奇跡について語ってくれた。

 容姿だけでなく、魔力が段違いに上がったこと。属性スキルがそれぞれ強化されたことなど。

 元々彼は上級魔族だったけど、魔族としての格も上がった、とまで云った。

 そう云われても自覚のない私は「へえ」とか「そうなんだ」とかしか返事が出来ない。

 そしてついにトドメの言葉が出た。


「俺はおまえに一生付いていく」と。

 

 私の一生なんて魔族にとったら短すぎると思うんだけど…。

 そんなゼフォンと2人、マルティスの元へ戻ると、彼はゼフォンの変化に驚いた。

 何が起こったのかと説明を求めたので、ゼフォンが一部始終を話した。


「トワと契約するとそんなオイシイ恩恵がもらえるのか?」


 マルティスは半信半疑だった。

 でもゼフォンの変化は一目瞭然で、「これは信じるしかないな」と無理矢理納得していた。

 そして、私が予想していた通りのセリフを彼が云った。


「なあ、俺とも契約し…」

「嫌よ!」


 私は食い気味で即答した。

 調子良すぎるっての。


「へえへえ。俺だっておまえの下僕なんざまっぴらだよ」


 マルティスはそう云って舌を出した。

 その態度にゼフォンが怒って、マルティスの胸倉を掴んだ。


「ゼフォン、落ち着いて!」

「なんだよ、女の尻に敷かれやがって」

「おまえこそ、トワの力に頼って儲けようと考えているくせに」

「ちょっと!もう、いい加減にして!」


 その場はなんとか仲裁したけど、なんとなく2人の間がその後数日間はギクシャクした。

 私と契約したゼフォンが、その後、何かと私を気遣って、今までやっていた水汲みなんかもやってくれるようになってしまった。


「トワを甘やかすな」


 とマルティスは怒るのだけど、そこでまたゼフォンと喧嘩になった。

 ゼフォンは、マルティスが私の価値をわかっていないと怒り、彼の私への配慮を欠いた言動が許せないとハッキリ云った。

 たぶん、本気で戦ったらマルティスはゼフォンの相手にもならないだろう。だから喧嘩と云っても本気じゃないことはお互いわかってるようだ。


 そんな旅を続けて、私たちはようやくヨナルデ大平原に足を踏み入れた。


「しかし、困ったな。俺たち一文無しだぞ。これじゃどこの国にも入れない」


 マルティスは嘆いた。

 人間の国では、どこの国でも入国する際に通行税を取られるのが一般的だ。

 お金がないのでは話にならない。

 思案顔のマルティスの横で、私が乗った馬の手綱を引くゼフォンが提案した。


「ヨナルデ大平原の農村に寄るというのはどうだろう」


 ヨナルデ大平原には、人間の食糧の大半を生産する大穀倉地帯が広がっている。

 そこには農業や畜産を営む集落がいくつもあり、それらはこれから収穫期に入るので、人手が必要になる。

 全国各地から日雇い労働者を集めて作業をさせる集落も多いらしく、そこへ行って農作業を手伝い、当座の資金を貯めたらどうかと彼は云うのだ。


「農作業は性に合わないんだけどなぁ…。ま、しゃーない。行ってみるか」


 そして私たちがたどり着いたのは、アルネラという小さな農村だった。 

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