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帝国城脱出

 ゼフォンを加えて、脱出するため地下通路を走っていると、ふいに牢の中に人影を見つけたので、足を止めた。


「おい、何してる!」


 マルティスが私を叱りつけたけど、私は構わずに扉が開けっ放しの牢の中に入って行った。

 そこには、泣いて座り込んでいる少年がいた。


「おい、早く…」

「この牢の中、動けない子がいるの」

「ああ?」


 マルティスは牢の中を覗き込んだ。


「んなのほっとけ。それは人間だぞ」

「でも、まだ子供よ」


 私は少年の傍に寄って、声を掛けた。

 その子は10歳くらいで、頬には涙の跡があった。


「君、大丈夫?」

「足が、折れてて…痛くて…皆逃げたのに、僕だけ置いて行かれて…」


 少年はそう云って、悔しそうに涙を見せた。


「治してやれば?」とマルティスは軽く云った。

 私は治療に当たったけど、やっぱりちゃんと治すことはできなかった。


「ダメ…。治しきれない」と首を振ると、マルティスは驚いていた。

「嘘だろ?だって俺やゼフォンは完璧に…」

「もともと、私の力はこんなもんなのよ」


 そう正直に云った。

 マルティスやゼフォンをあんなに完璧に治せた方がイレギュラーなのだ。

 でも今はそんなこと、どうでもいい。

 私は立ち上がって、牢の中の木のベッドにかかっていた汚れたシーツを取って、破った。


「何か、添え木になるものはないかしら」


 きょろきょろと辺りを見回していると、ゼフォンが牢の中に入って来て、おもむろに木のベッドを拳で叩き壊した。

 そこから木の木っ端を取り出して、「これではどうか」と私に差し出した。


「助かるわ」


 彼から木の破片を受け取って、それを少年の足に当てて固定し、破ったシーツで包帯のようにぐるぐる巻きにした。


「ギプス代わりよ。骨は真っ直ぐに固定したから、あとは自然治癒に頼るしかないわ」


 私がそう云うと、少年は多少痛みが和らいだのか、少しホッとした表情になった。


「俺が背負って行こう」と、ゼフォンが背中を向けて少年の前でしゃがんだ。

「あ…ありがとう…」


 少年はか細い声で礼を云った。

 すると、牢の入口にいたマルティスは文句を云った。


「おいおい、おまえさんまで。そんなの連れてちゃ足手まといになるだけだって」

「この少年、俺が傭兵団として戦っていた時、同じ戦場にいたのを記憶している」

「戦場で人の顔なんかいちいち覚えてられるもんかね?」

「俺には<超記憶>というスキルがあって、一度視界に入った物はすべて記憶している」

「マジか…」


 ゼフォンは少年を背負うと、


「俺が運び込まれた時に使った入口がある」


 と、先程の出口とは別の出口へ案内してくれた。

 マルティスは「もの覚えの良いことで」とぼやきながら彼に続いた。



 たどり着いた出口は城の裏側で、目の前に城門があったが、見張りの兵士はいなかった。

 城内の間取りが頭に入っているというマルティスが先導して行き、やがて城門の裏口へとたどり着いた。

 しかし、その裏口付近は帝国兵ではない、別の一団が占拠していた。


「あいつらが侵入者か」


 その一団の様子をマルティスはじっと見ていた。

 マルティスは彼らの一風変わった衣装に注目した。


「ありゃ南方の小部族だな。帝都に乗り込むなんて無茶するぜ…」

「ガベルナウム王に従う者たちだな」ゼフォンが云った。

「ガベルナウム?」


 初めて聞く言葉に私は首を傾げた。


「大戦後に南方に興った新しい国だ。小部族たちをまとめて大きくなってきた。国というより小さな部族の集まりで、中には海を越えて移り住んだ魔族もいるという話だ」

「へえ…。その国が、帝国と戦っているの?」

「ああ、そうだ」


 ゼフォンが質問に丁寧に答えてくれた。


「だがこの状況、どうするか…」


 マルティスが考えあぐねていると、少年を背負ったままのゼフォンが急に裏口を占拠している一団に向かって歩き出した。


「お、おい!」


 マルティスがゼフォンを制止しようと声を掛けたが、彼はそれを無視した。

 ゼフォンが彼らの前に行くと、そこにいた集団に一斉に囲まれた。


「あ~あ、言わんこっちゃない…」


 だが、集団の中のリーダーと思われる男が、ゼフォンの背中にいる少年の頭を撫でると、涙を流して喜んでいるのがわかった。


「ありゃ…思わぬ展開だな」


 少年を背負ったままのゼフォンが、私たちに向かってこちらへ来いと合図をした。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 私たちが助けた少年は、ガベルナウム王国に属するサッカラという部族の族長の一人息子だった。

 少年の名はヒオウと云った。

 ゼフォンはその驚異的な記憶力で、城門を占領していた一団の中に、ヒオウと共に戦場にいた者の顔を見つけて彼らに近づいたのだった。


 彼らがアトルヘイム帝国城に侵入した目的は、戦で捕虜となったヒオウを救い出すことだった。

 サッカラ族の仲間が囮役を買って出ていたようで、そこへ地下牢から逃げ出してきた魔族たちが合流して、城内のあちこちで暴れまわってくれていた。そのおかげで、サッカラ族と共に私たちは無事にアトルヘイム帝国城を脱出できた。

 偶然にもヒオウを救い出した私たちは、彼らに大変感謝されることになった。


「運が良かったね、私たち」


 私が喜んでも、マルティスは冷静だった。


「運ねえ…。ちょっと出来過ぎちゃいねえか?」

「神に愛される者は運命すらも引き寄せるというぞ」


 ゼフォンがさりげなく云った。


「悪いな、俺は神なんかアテにしないタチなんだ」


 アトルヘイム帝国の主力部隊である黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)は、国境付近で起こっているガベルナウム王国との紛争に駆りだされている。その麾下にある下位部隊もヴォルスンガ評議国付近に派遣されていて、国内が手薄になっていたのをサッカラ族たちは知っていて、城の補修工事の業者にまぎれて城へ侵入したらしい。


 彼らはガベルナウム王国の傭兵団にいたゼフォンに対しては、同胞として迎え入れ、裸同然だった彼に服と靴を与えてくれた。

 ヒオウは族長と共に私たちの元へ来て、お礼を云った。

 ヒオウを見ていて、なぜか前にもこのくらいの男の子に会ったことがあるような、懐かしい気がした。


 その後、彼らが帝都の城門を突破するのに乗じて私たちもアトルヘイムの帝都トルマを後にした。

 サッカラ族たちは馬を一頭、お礼にと私たちにくれた。

 その馬の鞍には水とナイフや桶などの生活用品の他、少しばかりの食糧を積んでくれていて、とても有難かった。

 南西方面へ帰るという彼らに別れを告げ、私たちはヨナルデ大平原を目指して南東へと進んだ。

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