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悪徳商人マルティス

 マルティスはどこからどうみても人間に見える。

 旧市街でゴブリンみたいな魔族しか見たことが無かった私は、こんな魔族もいるんだって驚いた。


「魔族ってあんたみたいなチャラいのもいるのね」

「チャラくて悪かったな」

「でも、助けてくれてありがとう」


 私は素直に礼を云った。


「お、おう…」


 マルティスが云うには、施設送りになるのは奴隷か罪人に落とされた者ばかりだそうで、おそらく私は何かやらかして罪人扱いにされたのではないかということだった。

 だとしたら、あの国に戻っちゃマズイってことになる。


 そんなことよりも問題なのは、私がマルティスの傷を治したことだ。

 マルティスが本当に魔族なら、回復魔法が効くはずがない。

 だけど、私の能力は、彼の傷を奇麗に治した。

 大司教公国の回復士のデボラは、魔族には回復魔法というものが存在しないと云った。

 すべての魔族は生まれながらに魔属性を持っているため、対極にある聖属性の回復魔法が効かないということは、この世界の常識だった。

 なので私がしたことは、その常識を覆すことだった。


 だけどマルティスは、それを私が「異世界人だからそんなこともある」の一言で片づけた。

 考えても仕方がないので、私もそう思うことにした。


 そう、私は異世界人だから魔族を回復することができる。たまたまそれがうまく行った。

 その程度のことだと軽く考えることにしたのだ。


 そんな私に、マルティスは提案してきた。


「あんた、行くとこないんなら、俺と一緒に来ないか?一儲けしようぜ」

「どこへ?」

「ペルケレ共和国ってとこだ。でっかい闘技場があるんだ」

「闘技場?私攻撃魔法なんか持ってないわよ」

「あんたの回復魔法が役に立つんだって」

「私の回復魔法なんて、たいしたことないけど」

「いやいや、あんたの回復魔法は国宝級もんだ。闘技場には魔族の戦士もいるから、きっとあんたの魔法、高値が付くぜ」

「魔族に回復魔法…?それがどうして儲けになるの?」


 私にはマルティスの云っている意味が分からなかった。


「ハハッ!俺にも運が向いてきたぜ!」マルティスはその場で踊り出した。

「私まだ行くとは言ってないわよ」

「だってどうすんだ?あんた一人じゃ何もできないだろ?あんたの面倒は俺が見てやるって言ってんだ。その代わり、あんたは俺に協力する。どうよ?」

「面倒見るって、私子供じゃないんだから…」

「子供以下だぜ。なにせ2年も面倒見てきたんだからな。その間もあんたには回復士やら呪い師やらでいろいろ金がかかってるんだけどなあ…」

「何よ、今度は脅し?わかった、行くわよ…。その代わり悪いことには手を貸さないわよ?」

「大丈夫、俺はただの便利屋だよ」


 それから彼は私の服とか食事とか、必要なものがあるかと聞いてくれた。いろいろ用立ててくれるみたい。

 何しろバスローブの下は何も着ていないのだ。こんな格好じゃどこへも行けない。

 つーか、なんでこんな格好でいたんだろうか。お風呂で何かが起こったとしか思えない。

 その時、バスローブのポケットに何か硬いものが入っていることに気付いた。

 ポケットの中を探ってみると、黒い石のついた指輪が出てきた。


「…指輪?」

「珍しい石だな。真っ黒だ」


 マルティスが指輪を覗き込んできた。


「これ、私のかな…?」

「指に()めてみりゃわかるんじゃねえ?」

「うん」


 私は何の気なしに、左手の中指に指輪を嵌めてみた。


「ピッタリ…」

「…何の迷いもなくその指に嵌めたな。やっぱその指輪、あんたのものに間違いないみたいだな。…ん?」

「何?」


 マルティスは難しい顔をして、私を見た。


「その指輪、外してみろ」

「うん?」


 私は云われた通りに指輪を外してみた。


「ほほう…」


 そして彼は再び嵌めてみろと云った。

 私はそれに従った。


「面白いなあ…」

「ねえ、何なの?」


 マルティスは種明かしをしてくれた。

 私がこの指輪をしていると、魔族に見えるのだそうだ。

 魔族には人間が一目でわかるという。人間はマギの形状が魔族と違うといい、魔族にはそれがわかるのだそうだ。

 私がこの指輪をしていると、私のマギの形状が魔族と同じに見えるらしい。


「つまり、この指輪をしていると、私は魔族のフリができるってこと?」

「珍しいもんだな。まあ、人間の国では関係ないから普通につけてていいと思うぜ」

「でもこれ、何に使うの?」

「…魔族の国に潜入するためとか?」

「えっ?これってそんなヤバイアイテムなわけ?」

「他に使い道ないだろ?あんた勇者候補だったんだからさ、そういうこともさせられる予定だったのかもな」

「え~?私がスパイ?」

「…ってあんたにゃ無理か。頼りなさすぎるもんな」


 私は中指に嵌った指輪を眺めた。

 何なんだろう、この指輪。

 いつ、誰に貰ったものなのか、まったく思い出せないのだった。


 ・・・・・・・・・・・・・


 マルティスが私に服を用意してくれた。

 ご丁寧に下着まで用意してくれたので、私は彼をちょっとアヤシイ目で見た。

 すると彼は慌てて事情を説明した。

 行きつけの飲み屋の女将に、「田舎から親戚の女の子が来るので、着替えを一式用意したい」と相談したら、自分のお古を譲ってくれたのだそうだ。


 下着もスカートも紐で調節できるのでサイズ的には問題なかった。

 花柄の、上下に別れたツーピースはなかなか可愛い。靴下と靴は古道具屋で買って揃えてもらった。


「よし、これでやっと外に出られるな」

「ありがとう」

「これもツケとくぜ。出世払いな」

「え~~!がめついわね!そんくらいおごってよ」

「俺は商売人なんだ。タダ働きはしないの」

「悪徳商人!」


 その時、事務所の来客を知らせるベルが鳴った。

 2階の住居スペースにいたマルティスは私にウィッグをつけて隠れているように云い、1階の事務所の入口へ向かった。

 2階にいた私は、階下でなにやら言い争う声を聞いた。

 それから階段を乱暴に昇ってくる足音がした。

 私のいる部屋の扉が乱暴に開かれた。


 そこに立っていたのは鎧姿の兵士だった。

 兵士は私の腕を掴んで、ベッドからどかせ、部屋中をあら探しした。


「ちょっと、何なの…?」


 私の質問には答えず、兵士は「こっちにはいない」と大声で云った。

 それから私の腕を掴んだ。


「一緒に来てもらおう」


 そう云って無理矢理私を階下へと連れて行った。

 1階ではマルティスが兵士たちに囲まれていた。


「ちょっと…!なにやらかしたのよ…」

「ハハッ…すまない」

「あんたってマジで悪徳商人だったの?」


 マルティスは申し訳なさそうに私を見た。

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