魔界の扉
グリンブルの小屋のポータル・マシンの前で待っていた騎士団員たちの前に現れたのは、白い仮面とローブを身につけた人物だった。
声を聞くと、それがカラヴィアであることがわかった。
「あれ?カラヴィア…さん?」
アスタリスが声を掛けたが、カラヴィアは答えなかった。
「どうしたんです?…その仮面…?」
アスタリスはカラヴィアの顔をスキルを使って視た。
その仮面の内側がひどく焼けただれている事に気付いて、短く悲鳴を上げた。
カラヴィアはくぐもった声で悲鳴の主を振り向いた。
「なぁに…?何を驚いてるの?ワタシの顔?…魔王様からいただいたこの仮面が、この顔を守ってくれてるの。だからそんなに驚かなくてもいいのよ?そうよ、こんなの、すぐ治るんだから」
「ま、魔王様の怒りを買ったんですか…?」
「怒り…?」
カラヴィアは突然笑い出した。
「違うわ。ワタシ、ちょっと間違っちゃったの。だから魔王様が、あの娘に謝りなさいって。探して治してもらえって。ほら、ワタシってちょっと怠け癖があるじゃない?こういうことしないと、ワタシが真面目にあの娘を探さないって魔王様わかってたのね。ちょっとした荒療治ってやつ?ホホホ」
「…カラヴィア…さん?」
カラヴィアの様子がおかしいことに気付いたジュスターは、声を掛けるアスタリスを下がらせた。
「そうよ…ワタシは消されなかった…。それが何よりの証なのよ…」
そうブツブツと呟きながら台座から降りて小屋を出て行った。
騎士団員たちは、声を掛けることもできず、そのまま見送った。
「あの人、何かやらかして魔王様に焼かれたんだね」
ネーヴェが冷静に云うと、皆は納得した。
「トワ様を探すって言っていましたね。では向こうでトワ様は見つからなかったということでしょうか」
「僕たちはどうしたらいいんでしょう」
ユリウスとテスカが皆の気持ちを代弁した。
「魔王様に今の状況をお聞きしなければならん。トワ様が未だ見つからないのであれば、捜索を続けるだけだ」
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『理解不能だ』
大司教公国の地下室のポータル・マシンの前にいたカイザーは、自分と同じ姿をした魔王に云った。
「何がだ」
『カラヴィアだ。顔をあんな風に焼かれても、おまえを恨む様子はなかった。あれほどの仕打ちをされれば恨むのが普通だろう。あのイドラとかいう者のように』
「…そうだな」
『グリンブルへ戻ったようだが、あのまま行かせて良かったのか』
「構わん。そんなことより早くトワを探さねば」
魔王はポータル・マシンを調べた。
『複数の転送先があると言っていたな』
「カイザードラゴン、戻れ。転送先に行ってみる」
カイザーがネックレスに戻ると、魔王はポータル・マシンの台座に乗り、転送ボタンを押した。
だが、反応がなかった。
「ふむ。ここは後回しにしよう。もうひとつの転送先は…」
別のボタンを選択して押すとあっさり転送に成功した。
転送された先は、グリンブルにあったのと同じような小屋の中だった。
ここにもおそらく結界が張ってあると思われた。
魔王は小屋の外に出た。
「ここは…魔の森か」
魔王が呟いた通り、そこは魔の森の中だった。
しかし、魔の森と一口に云っても、広大な面積があり、魔族の大陸に点在しているので、場所の特定は難しい。
しばらく歩いて行くと、山の斜面をくり抜いたような大きな洞窟の前に出た。
魔王はそこに見覚えがあったようで、躊躇なく洞窟に足を踏み入れ、暗い通路を歩いて行った。
『魔王よ。ここがどこだか知っているか』
「…ああ、知っている。ここはバベル。魔界で創り出された最初の魔族が降り立った地だ」
『魔族の誕生した地ということか』
カイザーが語り掛けてきたので、魔王はカイザーを呼び出した。
カイザーはミニドラゴンの姿で出て来て魔王の肩に止まった。
『強い魔力を感じる。だが懐かしさも感じるぞ』
「だろうな」
魔王は、歩を進める。
奥へ行くにつれ、洞窟の壁に張り付いた苔が発光し、その道を照らし出していた。
やがて、洞窟の最深部とも思われる巨大な空間に出た。
そこには崩れた柱や建物の跡があり、まるで何かの遺跡のように見えた。
「ここにはかつて創造神イシュタムが開いた魔界への扉があった」
『なるほど。どうりで懐かしい気配がしたわけだ』
「だが、こんなところへポータル・マシンでわざわざやってくる意味がわからない」
『ここに何があるのだ?』
広場の中央まで歩いて行くと、正面の壁に巨大な魔法陣の跡がうっすらと残っていた。
「こんなものの存在などすっかり忘れていた」
その魔法陣の真下に、何かを掘り出した跡があった。
魔王はその壁に手を触れた。
「目的はこれか」
『どういうことだ?』
「魔界の扉が開かれている間、その扉の番人としてイシュタムは自らの分身をここへ置いたのだ」
『イシュタムの姿というと、前線基地にあったあの像か?』
「ああ、あれはその分身をモデルに作ったものだ。イシュタムが魔界へ戻って扉を閉じた後は、用済みになって放置されていたはずだ」
『魔王よ、おまえはやけに詳しいが、その時おまえはここにいたのか?』
「その時我はまだイシュタムの一部だった」
『なるほどな。…それで、イドラがその分身を持ち去ったのか?』
「わざわざこんなところへポータル・マシンを持ち込むくらいだからな」
『そんな抜け殻を持ち帰って何をするつもりだ?』
「…さあな」
魔王は洞窟内を歩き出した。
『そういえば、人間を創った神はいないのか?』
「人間の神は死んだ」
『死んだ?神も死ぬのか?』
「神殺しという言葉があるくらいだからな」
それから魔王は、洞窟内を歩いて回ったが、トワを見つけることはできなかった。
「ここにはいない。一旦戻って、別の転送先を探す」
『では急いでマシンまで戻らねばならんな』
「いや、我はもう力を取り戻したのだぞ。一度訪れた場所の座標は記憶している。空間魔法を使えば、ポータル・マシンなぞ使わずとも移動できるのだ」
『ほう?便利なものだな』
「そうだ。見つけさえすれば、すぐに連れ帰れるのだ。見つけさえすれば…」




