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寝坊しすぎた眠り姫

 マルティスは簡単な仕事をひとつ終えて事務所へ戻ってきた。

 事務所の2階の住居スペースへ行くと、ベッドには相変わらず少女が眠っている。


「よう、ただいま、眠り姫」


 マルティスは、目を覚まさない彼女に向かって挨拶した。

 もちろん、返事はない。だが、いつしか仕事の愚痴や、過去のこと、いろんな話をすることが日課になっていた。


 不思議なことに、少女の体はそこにあるようでないような、とても不安定な存在になっていた。

 魔法局から連れて帰って来た時は、確かにそこに存在していたはずなのに、時間の経過と共にどんどんその姿が揺らぎ始めたのだ。

 彼女の体に触れようとすると、見えないバリアに弾かれた。

 彼女の姿は、2年前と何ひとつ変わらない。

 まるで、そこだけ時間の流れが止まっているかのようだった。


 この2年近く、回復士にも呪術師にも見てもらったが、一度も目を覚まさなかった。

 彼女には直接触れることができないため、ベッドから動かすこともできないのだ。

 おかげでマルティスはずっとソファで眠る毎日を送っている。


 イドラに紹介されたホリーという回復士は戦場に行きっぱなしで連絡が取れず、戻ってきたと思ったら、今度は大司教公国の『大布教礼拝』に同行するとかで、結局来てはくれなかった。

 彼女はマルティスが便利屋だと聞き、逆に彼に仕事を頼みたいとポストに連絡してきた。

 今日の夕方に帝国城の裏口に行って、誰にも見られずに荷物を受け取ってトルマを出て、指定の場所へ届けて欲しい、という依頼だった。

 ポストに連絡のあった場所に行くと、前金で金貨200枚という破格の報酬を提示され、その場で受けた。だが、冷静に考えるとヤバイ案件かもしれない。

 だが金を受け取ってしまった以上、やるしかない。


 マジでヤバかったら逃げるしかないかもな。

 まあ、そろそろトルマを出ようと思っていたところだ。いいきっかけになるかもしれない。


 2か月ほど前に帝国大学の生徒を詐欺にかけて金貨100枚を奪ったばかりなのだ。

 彼は精神スキルを使って、相手の脳内の自分の記憶を曖昧にしているため、脚がつくことはないだろうが、用心するに越したことはない。

 マルティスはズボンのポケットに手を入れて、宝玉を取り出した。

 それは魔法局長コーネリアスが戦場から戻ってすぐに会いに行き、精神スキルで操って彼からまんまと手に入れたものだった。

 この宝玉は、大学生のお坊ちゃんを騙すのにとても役立った。

 その大学生は、グリンブル王国の王子様だったのだ。

 かなりの甘ちゃんで、宝玉を取引すれば儲かる、という美味しい話にまんまとひっかかってくれた。

 あれは実に楽な仕事だった。


「<防御力増加>か…。いつ使うんだこんなの」


 しかし、この娘はどうしたものか。

 触れられないのでは連れて行くこともできない。

 どういうわけか、ポータル・マシンは転送スイッチを押してもウンともスンとも云わなくなった。

 これを使って逃げようと思っていたのに、とんだ誤算だ。

 そのせいでイドラにも連絡が取れない状態が続いている。


「置いていくしかないか。まあ、この状態なら平気だろ。1年に1回くらいは様子を見に来てやるか…」


 マルティスはじっと少女を見た。


「目覚めないあんたが悪いんだぜ。手は尽くしてやったんだ。悪く思うなよ」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 はぁはぁ…。


 俺としたことがしくじった。

 マジでヤバイ。荷物があんなヤバイもんだったなんて知ってたら受けなかった。

 ったく、ロクなもんじゃねえ…。



 マルティスは裏路地を走っていた。

 彼の走った後には点々と血が落ちている。


「うっ…。これは、いよいよヤバイかもな…」


 ようやく事務所へたどり着いたマルティスは、入って玄関の扉を閉め、鍵を掛けた。

 扉を背に、荒い呼吸を整えた。

 腹部を押えていた手を見ると、赤く染まっていた。


 奴ら、始めっから俺を消すつもりだったんだ。

 やっぱあのホリーって女、食えない女だぜ…。

 この<防御力増加>がなきゃ即死だったかもな。

 死んだふりしてやり過ごしてきたが、

 やつらが戻ってきて死体がなきゃ追いかけてくるかもしれない。

 その前に逃げなきゃならん…。

 だが、このダメージはヤバイ予感がする。


「ハハ…俺も…焼きが回ったな…」


 その時、奥の部屋で音がした。


「何だ…?」


 奥の部屋に入ると、ポータル・マシンの台座が振動していた。


「まさか…」


 マルティスはアトルヘイム魔法局で、あの娘が現れた時のことを思い出した。

 彼は息をのんでじっとマシンの台座を見ていたが、やがて何も起こらないまま、振動は収まった。

 

「なんだよ…。単なる誤作動かよ…」

  

 その直後、2階から物音がした。

 マルティスは痛む腹を押えて2階へ上がった。

 住居スペースの扉を開けて驚いた。


 彼女が起きて、驚いた顔でこっちを見ている。


「…よう…お寝坊さんな眠り姫」


 マルティスは、そのまま壁にもたれかかり、ズルズルと床にずり落ちた。

 床には、彼の体から流れ落ちた血だまりができていた。


 なんてこった…。

 せっかく眠り姫が目を覚ましたってのに、今度は俺がおねんねする番かよ…。


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