消えた勇者候補
高級温泉別荘地ラエイラ。
その高級ホテル街を走る少女たちの姿があった。
「どこにもいないわ」
「優星様、どこへ行かれたのでしょうか…」
いなくなった優星を、勇者候補たちは必死で探していた。
将は、優星がいたはずのプライベートビーチを探し回った。
「ヒュドラを見て逃げた…ってことはない?」
「優星様はそんな方じゃありませんよ!」
アマンダが叫んだ。
そこへ将とゾーイが戻ってきた。
彼らはホテル中を聞き込みまわって、ビーチにいた優星を見たという女の子の証言を得た。
その時、彼は公国の聖騎士らしい人物と一緒だったという。
「レナルド様に訊いてみましょう」
ゾーイが云った。
公国聖騎士たちは貸し切りホテルのロビーで避難していた人たちを誘導していた。
レナルドはそこで指揮を執っていた。
勇者候補たちは、優星がいなくなったことをレナルドに報告した。
すると彼らは、レナルドから耳を疑うような事実を告げられた。
「ああ、まだ報告が行っていませんでしたか。優星様は大司教様のご命令で急遽本国へ戻ることになったのです」
勇者候補たちは開いた口がふさがらなかった。
レナルドの言葉に文句をつけたのは将だった。
「はぁ?わざわざヒュドラが来てるときにかよ?そんなのおかしいだろ!」
「急ぎの案件だったと聞いています」
「…にしても私たちに一言くらいあっても良かったんじゃない?」
エリアナも怒りをにじませる。
「だいたい、急ぎって何の用だってのよ?」
「さあ。私は伝言を頼まれただけですので、詳しいことは聞かされていません」
「武器や荷物もそのまま部屋に置いてあったぞ?」
「武器は向こうで新らしいものを支給することになってるそうです。荷物は後で送ります」
「…そういうことは先に言いなさいよ!急にいなくなったら心配するに決まってるじゃない!」
「申し訳ありません」
レナルドは頭を下げた。
将は舌打ちして「行こうぜ」と云ってレナルドの前から立ち去った。
「報告のひとつもできないなんてそれでも聖騎士?」
エリアナもそう捨て台詞を残して将に続いた。
アマンダはレナルドに会釈してエリアナの後を追った。
「勇者候補が失礼なことを申しました。申し訳ありません」
ゾーイはレナルドに頭を下げた。
「いや、構わない。急に仲間がいなくなったんだ。心配もするだろう」
「しかもヒュドラとの戦いの最中でしたから」
「引き続き、勇者候補たちのフォローを頼む」
「はっ」
ゾーイはレナルドに敬礼をし、アマンダの後を追いかけた。
ホテルのロビーを後にする勇者候補一行をレナルドは見送った。
彼の手の中には、ピアスが1つ、握られていた。
それは優星がつけていた物と同じ形をしていた。
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グリンブルの南の森の小屋に、聖魔騎士団員たちが戻ってきた。
辺りはもうすっかり暗くなっていた。
カイザーは、トワに擬態していたため、戻ってきた騎士団員たちをぬか喜びさせる結果になってしまった。そのことで彼らからブーイングを受けてしまったカイザーは落ち込んだまま、ネックレスに戻ってしまった。
イドラは魔王の前に座り込んだまま、自分が大司教公国の密偵であることを話した。
さらにユミールの一族であることも打ち明け、魔王自身の前でその恨みを語った。
「おまえが我を恨みに思うことはよくわかった。確かにユミールの家と領地を焼いたのは我だ。あれは…そうだ、怒りで我を忘れていて力の一部を暴発させてしまった。あの炎でユミールを死なせてしまったことは残念だった」
「嘘だ!おまえがユミールを剣で斬り殺したくせに!」
イドラの訴えに、魔王は首を傾げた。
「…我は嘘はつかぬ。ユミールを剣で殺したりはしていない」
「だが、その現場を目撃した者がいるのだ!それはどう説明する?」
「ほう…?それは誰だ?」
「タロスだ」
魔王の目が光った。
「…なるほど。よくわかった」
「な、何がだ?」
「タロスがその事件の後、魔王護衛将に取り立てられたのは知っているな?」
「ああ。それはユミール一族へのせめてもの謝罪のつもりだったのだろう?」
「違う。タロスを護衛将にと推薦してきたのはエウリノームだ」
「…それはどういう意味だ。タロスが嘘を言ったとでも?」
魔王はイドラを指さし、「精神スキルで人を操る者が、まんまと操られたものだな」とあざ笑うように云った。
「私は操られてなどいない!」
「だが、怒りがおまえの目を曇らせた」
「何…?」
「エウリノームはおそらくユミールのスキルを奪っている。そしてタロスがそれを手引きしたのだろう」
「そ、そんな…!まさか…。ではユミールを殺したのはエウリノームだと…?」
「奴らを探して確かめてみてはどうだ?ユミールのスキルの宝玉があるかどうか」
「もし、それが本当なら、私のこの恨みは、向ける相手を間違っていたのか?…だがおまえが私の顔を焼いたことには違いはない。そうだ、おまえがこの顔を…!」
イドラはハッと我に帰って、トワが治してくれた顔に触れた。
彼女がこの顔を癒してくれた時、200年の恨みが溶けたような気がして、すっと心が軽くなった。
…そうだ。自分はあの時、もう恨みからは解放されていたのだ。
トワと会ってから、この憎しみを終わらせたいと願う自分がどこかにいるのだ。
「200年前の屋敷の火事で、私は逃げ遅れて顔にひどい火傷を負った。その傷が疼くたびに、200年前のあの炎の中に意識が戻されてしまうのだ。ずっと、その悪夢を繰り返し見ていた。…その傷を、見ず知らずの私の顔を、トワが治してくれたのだ」
「…そうか」
「あれは不思議な娘だった。トワは、魔王は変わったのだと言っていた…」
魔王が何か云いたげにイドラを見つめていると、イドラは立ち上がった。
聖魔騎士団のメンバーは身構えた。
「魔王。今おまえが言ったことが事実かどうか、この目で確かめるまでは信じることはできない。だがもし真実だとわかれば…このケリはつける」
イドラはそう云って小屋を出て行こうとした。
アスタリスが小屋の扉の前に立ちはだかった。
「行かせてやれ」
魔王の言葉を受けて、彼はイドラに道を開けた。
イドラは振り向きもせず、そのまま小屋を出て行った。
「魔王様、よろしかったのですか」
ジュスターが扉の方向を見ながら云った。
「好きにさせろ。奴はおそらくタロスやエウリノームの居場所を知っている。精神耐性を持つ者に後を付けさせろ」
「じゃあ、僕が」
「頼む」
名乗り出たのはウルクだった。
ジュスターが頷くと、彼はローブを着たまま、イドラの後を追いかけて行った。
「さて、転送先は大司教公国だとわかった。今あの国には優秀な魔法士も聖騎士もおらぬ。乗り込んだところで大事にはなるまい。問題はカラヴィアがうまくトワを見つけてくれているかどうかだが」
「マシンはもう動くのですか?」
「修理は済んでいる。それに我が空間魔法を充填しておいた。問題なく動くはずだ」
「…では私が行ってきましょう」
ジュスターがマシンに乗ろうとする。
「待て。おまえはここで騎士団の指揮を執れ。マシンには我が乗る」
「魔王様自らが!?危険です!」
「我が修理したと言っただろう。それとも我の腕を疑うのか?」
「いえ、そういうことでは…」
「…早く会いたいのだ。会って、この姿を見せたい」
魔王の思わぬ本音を聞いてしまったジュスターは、もう何も云えなくなってしまった。
「わかりました。お気をつけて」
魔王はポータル・マシンの台座に乗った。
この姿を見たら、トワは何というだろうか。
そうだ、カイザードラゴンに擬態させて、どちらが本物か当てさせるのも面白い。
それで、もし間違えたら…今度こそ、この腕で抱きしめてやる。
彼はそんなことを考えながら、転送されて行った。




